エレミヤ 6:10 誰に向かって語り、警告すれば 聞き入れるのだろうか。見よ、彼らの耳は無割礼で 耳を傾けることができない。見よ、主の言葉が彼らに臨んでも それを侮り、受け入れようとしない。
6:11 主の怒りでわたしは満たされ それに耐えることに疲れ果てた。「それを注ぎ出せ 通りにいる幼子、若者の集いに。男も女も、長老も年寄りも必ず捕らえられる。
6:12 家も畑も妻もすべて他人の手に渡る。この国に住む者に対して わたしが手を伸ばすからだ」と主は言われる。
6:13 「身分の低い者から高い者に至るまで 皆、利をむさぼり 預言者から祭司に至るまで皆、欺く。
6:14 彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して 平和がないのに、『平和、平和』と言う。
6:15 彼らは忌むべきことをして恥をさらした。しかも、恥ずかしいとは思わず 嘲られていることに気づかない。それゆえ、人々が倒れるとき、彼らも倒れ わたしが彼らを罰するとき 彼らはつまずく」と主は言われる。
6:16 主はこう言われる。「さまざまな道に立って、眺めよ。昔からの道に問いかけてみよ どれが、幸いに至る道か、と。その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」しかし、彼らは言った。「そこを歩むことをしない」と。
6:17 わたしは、「あなたたちのために見張りを立て 耳を澄まして角笛の響きを待て」と言った。しかし、彼らは言った。「耳を澄まして待つことはしない」と。
6:18 「それゆえ、国々よ、聞け。わたしが彼らにしようとすることを知れ。
6:19 この地よ、聞け。見よ、わたしはこの民に災いをもたらす。それは彼らのたくらみが結んだ実である。彼らがわたしの言葉に耳を傾けず わたしの教えを拒んだからだ。
詩篇 119:73 御手がわたしを造り、固く立ててくださいました。あなたの戒めを理解させ、学ばせてください。
119:74 あなたを畏れる人はわたしを見て喜びます。わたしが御言葉を待ち望んでいるからです。
119:75 主よ、あなたの裁きが正しいことを わたしは知っています。わたしを苦しめられたのは あなたのまことのゆえです。
119:76 あなたの慈しみをもって わたしを力づけてください あなたの僕への仰せのとおりに。
119:77 御憐れみがわたしに届き 命を得させてくださいますように。あなたの律法はわたしの楽しみです。
119:78 わたしを偽りによって迷わせた傲慢な者が 恥に落とされますように。わたしはあなたの命令に心を砕きます。
119:79 あなたを畏れる人、あなたの定めを知る人が わたしのもとに立ち帰りますように。
119:80 わたしの心があなたの掟に照らして 無垢でありますように。そうすればわたしは恥じることがないでしょう。
使徒 19:21 このようなことがあった後、パウロは、マケドニア州とアカイア州を通りエルサレムに行こうと決心し、「わたしはそこへ行った後、ローマも見なくてはならない」と言った。
19:22 そして、自分に仕えている者の中から、テモテとエラストの二人をマケドニア州に送り出し、彼自身はしばらくアジア州にとどまっていた。
19:23 そのころ、この道のことでただならぬ騒動が起こった。
19:24 そのいきさつは次のとおりである。デメトリオという銀細工師が、アルテミスの神殿の模型を銀で造り、職人たちにかなり利益を得させていた。
19:25 彼は、この職人たちや同じような仕事をしている者たちを集めて言った。「諸君、御承知のように、この仕事のお陰で、我々はもうけているのだが、
19:26 諸君が見聞きしているとおり、あのパウロは『手で造ったものなどは神ではない』と言って、エフェソばかりでなくアジア州のほとんど全地域で、多くの人を説き伏せ、たぶらかしている。
19:27 これでは、我々の仕事の評判が悪くなってしまうおそれがあるばかりでなく、偉大な女神アルテミスの神殿もないがしろにされ、アジア州全体、全世界があがめるこの女神の御威光さえも失われてしまうだろう。」
パウロが宣教を続けていたアジア州のエフェソの町に、アルテミス神殿の模型を造って売りさばいて金儲けをしていたデメテリオという人物がいたことが記されている。
おそらく、エフェソの町には、アルテミスを神とあがめ、神殿礼拝を守る人たちが大勢暮らしていたのであろう。
彼は、パウロの働きによって自分の稼ぎが減ってしまうことを危惧し、エフェソはおろか、アジア州の多くの人たちや、全世界でアルテミスをあがめる人たちの敵だと称して、パウロを攻撃しようとしていたのであろう。
しかし、エフェソの町の人たちがアルテミスを拝んでいたのは事実であったとしても、アジア州全体や全世界の人たちがアルテミスをあがめるというのは、少々言い過ぎであろうと思う。
しかし、それくらい誇大に言わなければ、町の人々の心を動かして、パウロらを迫害することができなかったのだろう。
そこには、妬みや怒り、そして、偽りや扇動など、多くのよこしまな事柄が含まれており、おおよそ、迫害の起きる仕組みというのは、このようなものによるのであろうことが伺える。
そこに真実はなく、ただ、商売を邪魔されたという恨みが彼らを突き動かしているだけである。
人の世に起きる様々な問題は、こういった私怨とか、自己都合によるものが多く、罪の問題と直結しているだけに難しい問題ばかりであると言える。
それでも、真実は伝えて行かなければならないし、こうした騒動の中にあっても、パウロは福音を語り続けていったのである。
真の救いをもたらす神の言葉に耳を傾けてくれる人は必ずしも多くはないかもしれない。
けれども、少ないかもしれないけれど、必ず救われる人はいる。
そのためにイエス様は十字架で死なれたのだから、多くの困難はあっても、信仰を持って神の救いの約束の言葉を宣べ伝え続けていきたいものである。