エレミヤ 23:16 万軍の主はこう言われる。お前たちに預言する預言者たちの 言葉を聞いてはならない。彼らはお前たちに空しい望みを抱かせ 主の口の言葉ではなく、自分の心の幻を語る。
23:17 わたしを侮る者たちに向かって 彼らは常に言う。「平和があなたたちに臨むと 主が語られた」と。また、かたくなな心のままに歩む者に向かって 「災いがあなたたちに来ることはない」と言う。
23:18 誰が主の会議に立ち また、その言葉を見聞きしたか。誰が耳を傾けて、その言葉を聞いたか。
23:19 見よ、主の嵐が激しく吹き つむじ風が巻き起こって 神に逆らう者らの頭上に渦を巻く。
23:20 主の怒りは 思い定められた事を成し遂げるまではやまない。終わりの日に、お前たちは このことをはっきりと悟る。
23:21 わたしが遣わさないのに 預言者たちは走る。わたしは彼らに語っていないのに 彼らは預言する。
23:22 もし、彼らがわたしの会議に立ったのなら わが民にわたしの言葉を聞かせ 彼らの悪い道、悪の行いから 帰らせることができたであろう。
詩篇 140:1 指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。
140:2 主よ、さいなむ者からわたしを助け出し 不法の者から救い出してください。
140:3 彼らは心に悪事を謀り 絶え間なく戦いを挑んできます。
140:4 舌を蛇のように鋭くし 蝮の毒を唇に含んでいます。
140:5 主よ、主に逆らう者の手からわたしを守り 不法の者から救い出してください わたしの歩みを突き落とそうと謀っている者から。
140:6 傲慢な者がわたしに罠を仕掛け 綱や網を張りめぐらし わたしの行く道に落とし穴を掘っています。
140:7 主にわたしは申します 「あなたはわたしの神」と。主よ、嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。
140:8 主よ、わたしの神よ、救いの力よ わたしが武器を執る日 先頭に立ってわたしを守ってください。
140:9 主よ 主に逆らう者に欲望を満たすことを許さず たくらみを遂げさせず 誇ることを許さないでください。
140:10 わたしを包囲する者は 自分の唇の毒を頭にかぶるがよい。
140:11 火の雨がその上に降り注ぎ 泥沼に沈められ 再び立ち上がることのないように。
140:12 舌を操る者はこの地に固く立つことなく 不法の者は災いに捕えられ 追い立てられるがよい。
140:13 わたしは知っています 主は必ず、貧しい人の訴えを取り上げ 乏しい人のために裁きをしてくださることを。
140:14 主に従う人は御名に感謝をささげ 正しい人は 御前に座ることができるでしょう。
マタイ 10:16 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。
10:17 人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。
10:18 また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。
10:19 引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。
10:20 実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。
10:21 兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。
10:22 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
10:23 一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。
10:24 弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。
10:25 弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。」
ある漫画家の方の書かれたマンガが話題となっているそうである。
2025年の7月に大きな災害が起きるという夢を見たという内容を描いたマンガなのだそうだ。
ここで、そのマンガの真偽について述べることは差し控えるが、覚えておきたいことは、一般的に、漫画家が人々の興味を惹くマンガを描くのは当たり前のことである、ということである。
つまり、自分にとって益とならないことをわざわざ書く必要はなく、悪い言い方をすれば「売れるから」描くのである。
もちろん、このマンガだけが問題なのではなく、それに付随して、人々の不安を煽るために、いろんな人が勝手なことを吹聴していることが問題なのだろう。
一方、聖書の預言はどうか。
売れるためにとか、人々の興味を惹きたいとか、そのような意図で語られているものではない。
そうではなく、純粋に、人々に救われて欲しいために、多少厳しい内容の言葉が書かれていても、警告として語られているものであろう。
もちろん、聖書の時代にも、偽りを語る預言者らもいたが、彼らは、自分の生活のためであったり、自分の存在価値を高めるために、人々の興味を惹く内容の言葉だけを語っていた。
万軍の主はこう言われる。お前たちに預言する預言者たちの 言葉を聞いてはならない。彼らはお前たちに空しい望みを抱かせ 主の口の言葉ではなく、自分の心の幻を語る。
この世の中には、様々な「言葉」が語られ、どこに真実があるのか迷わすものも多いが、誰が、何のために、何を語ろうとしているのか、よくよく注意して聞いていく必要がある。
人々を惑わす言葉は多いが、人々に真の平安と喜びをもたらす言葉は、そう多くはない。
というか、聖書の言葉以外に存在しないのだろう。
神の約束された救いの言葉にしっかりと信仰を保ち続け、人を惑わすような様々な言葉に動じることなく歩んで行きたいものである、