ダニエル1章1~21節、詩篇124篇、ルカ1章47~55節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ダニエル 1:1 ユダの王ヨヤキムが即位して三年目のことであった。バビロンの王ネブカドネツァルが攻めて来て、エルサレムを包囲した。
 1:2 主は、ユダの王ヨヤキムと、エルサレム神殿の祭具の一部を彼の手中に落とされた。ネブカドネツァルはそれらをシンアルに引いて行き、祭具類は自分の神々の宝物倉に納めた。
 1:3 さて、ネブカドネツァル王は侍従長アシュペナズに命じて、イスラエル人の王族と貴族の中から、
 1:4 体に難点がなく、容姿が美しく、何事にも才能と知恵があり、知識と理解力に富み、宮廷に仕える能力のある少年を何人か連れて来させ、カルデア人の言葉と文書を学ばせた。
 1:5 王は、宮廷の肉類と酒を毎日彼らに与えるように定め、三年間養成してから自分に仕えさせることにした。
 1:6 この少年たちの中に、ユダ族出身のダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤの四人がいた。
 1:7 侍従長は彼らの名前を変えて、ダニエルをベルテシャツァル、ハナンヤをシャドラク、ミシャエルをメシャク、アザルヤをアベド・ネゴと呼んだ。
 1:8 ダニエルは宮廷の肉類と酒で自分を汚すまいと決心し、自分を汚すようなことはさせないでほしいと侍従長に願い出た。
 1:9 神の御計らいによって、侍従長はダニエルに好意を示し、親切にした。
 1:10 侍従長はダニエルに言った。「わたしは王様が恐ろしい。王様御自身がお前たちの食べ物と飲み物をお定めになったのだから。同じ年ごろの少年に比べてお前たちの顔色が悪くなったら、お前たちのためにわたしの首が危うくなるではないか。」
 1:11 ダニエルは、侍従長が自分たち四人の世話係に定めた人に言った。
 1:12 「どうかわたしたちを十日間試してください。その間、食べる物は野菜だけ、飲む物は水だけにさせてください。
 1:13 その後、わたしたちの顔色と、宮廷の肉類をいただいた少年の顔色をよくお比べになり、その上でお考えどおりにしてください。」
 1:14 世話係はこの願いを聞き入れ、十日間彼らを試した。
 1:15 十日たってみると、彼らの顔色と健康は宮廷の食べ物を受けているどの少年よりも良かった。
 1:16 それ以来、世話係は彼らに支給される肉類と酒を除いて、野菜だけ与えることにした。
 1:17 この四人の少年は、知識と才能を神から恵まれ、文書や知恵についてもすべて優れていて、特にダニエルはどのような幻も夢も解くことができた。
 1:18 ネブカドネツァル王の定めた年数がたつと、侍従長は少年たちを王の前に連れて行った。
 1:19 王は彼らと語り合ったが、このダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤと並ぶ者はほかにだれもいなかったので、この四人は王のそばに仕えることになった。
 1:20 王は知恵と理解力を要する事柄があれば彼らに意見を求めたが、彼らは常に国中のどの占い師、祈祷師よりも十倍も優れていた。
 1:21 ダニエルはキュロス王の元年まで仕えた。

詩篇 124:1  都に上る歌。ダビデの詩。 イスラエルよ、言え。「主がわたしたちの味方でなかったなら
 124:2 主がわたしたちの味方でなかったなら わたしたちに逆らう者が立ったとき
 124:3 そのとき、わたしたちは生きながら 敵意の炎に呑み込まれていたであろう。
 124:4 そのとき、大水がわたしたちを押し流し 激流がわたしたちを越えて行ったであろう。
 124:5 そのとき、わたしたちを越えて行ったであろう 驕り高ぶる大水が。」
 124:6 主をたたえよ。主はわたしたちを敵の餌食になさらなかった。
 124:7 仕掛けられた網から逃れる鳥のように わたしたちの魂は逃れ出た。網は破られ、わたしたちは逃れ出た。
 124:8 わたしたちの助けは 天地を造られた主の御名にある。

ルカ 1:47 「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
 1:48 身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、
 1:49 力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、
 1:50 その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。
 1:51 主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、
 1:52 権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、
 1:53 飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。
 1:54 その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、
 1:55 わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」

 

 

 

 

ダニエル書には、バビロンに捕囚として移住させられた民の中から、体に難点がなく、容姿が美しく、何事にも才能と知恵があり、知識と理解力に富み、宮廷に仕える能力のある少年たちが選ばれ、カルデア人の言葉と文書を学ばたということが記されている。

その中に、ダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤの4人が含まれていて、彼らは、他の少年たちとは異なり、肉や酒を飲食せず、水と野菜だけで過ごしていたが、かえって他の少年たちより血色がよかったという。

そして、誰よりも知恵ある能力を発揮していたというのである。

これらの違いは、彼らが他の少年たちと違う食生活を送っていたというだけでなく、彼らが何を信じて、どう生きようとしていたか、ということが大きかったのであろう。

彼らは、過酷な環境の中にあっても、変わらず神を信じ、神と共に生きようとしていたゆえに、神の祝福を受けていたのであろう。

志しを持つということは、人が生きていく上で、とても重要なことであり、過酷な環境の中に生きなければならないような時こそ、大きな意味を持ってくる。

漫然と生きているのなら、それは生きていても死んでいるようなものでしかない。

死んでいるように生きるのではなく、志を携え、しっかりと「生きる」ものでありたいものである。