ヨエル2章18節~3章2節、詩篇48篇、1コリント2章1~11節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨエル 2:18 そのとき 主は御自分の国を強く愛し その民を深く憐れまれた。
 2:19 主は答えて、その民に言われた。「見よ、わたしは穀物とぶどうとオリーブを お前たちに送り、飽き足らせよう。お前たちが国々の中で恥を受けることを わたしは二度と許さない。
 2:20 北から来る者をお前たちから遠ざけ 彼らを乾いた荒廃の地に追いやり 先陣を東の海に、後陣を西の海に追い落とす。その臭気が上り 悪臭が立ちこめる。」まことに、主は偉大な御業を成し遂げられた。
 2:21 大地よ、恐れるな、喜び躍れ。主は偉大な御業を成し遂げられた。
 2:22 野の獣よ、恐れるな。荒れ野の草地は緑となり 木は実を結び いちじくとぶどうは豊かな実りをもたらす。
 2:23 シオンの子らよ。あなたたちの神なる主によって喜び躍れ。主はあなたたちを救うために 秋の雨を与えて豊かに降らせてくださる。元のように、秋の雨と春の雨をお与えになる。
 2:24 麦打ち場は穀物に満ち 搾り場は新しい酒と油に溢れる。
 2:25 わたしがお前たちに送った大軍 すなわち、かみ食らういなご 移住するいなご、若いいなご 食い荒らすいなごの 食い荒らした幾年もの損害をわたしは償う。
 2:26 お前たちは豊かに食べて飽き足り 驚くべきことを お前たちのために成し遂げられた主 お前たちの神なる主の御名を ほめたたえるであろう。わたしの民は、とこしえに恥を受けることはない。
 2:27 イスラエルのうちにわたしがいることを お前たちは知るようになる。わたしはお前たちの神なる主、ほかに神はいない。わたしの民は、とこしえに恥を受けることはない。
 3:1 その後 わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し 老人は夢を見、若者は幻を見る。
 3:2 その日、わたしは 奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ。

 

詩篇 48:1  歌。賛歌。コラの子の詩。
 48:2 大いなる主、限りなく賛美される主。わたしたちの神の都にある聖なる山は
 48:3 高く美しく、全地の喜び。北の果ての山、それはシオンの山、力ある王の都。
 48:4 その城郭に、砦の塔に、神は御自らを示される。
 48:5 見よ、王たちは時を定め、共に進んで来た。
 48:6 彼らは見て、ひるみ、恐怖に陥って逃げ去った。
 48:7 そのとき彼らを捕えたおののきは 産みの苦しみをする女のもだえ
 48:8 東風に砕かれるタルシシュの船。
 48:9 聞いていたことをそのまま、わたしたちは見た 万軍の主の都、わたしたちの神の都で。神はこの都をとこしえに固く立てられる。
 48:10 神よ、神殿にあってわたしたちは あなたの慈しみを思い描く。
 48:11 神よ、賛美は御名と共に地の果てに及ぶ。右の御手には正しさが溢れている。
 48:12 あなたの裁きのゆえに シオンの山は喜び祝い ユダのおとめらは喜び躍る。
 48:13 シオンの周りをひと巡りして見よ。塔の数をかぞえ
 48:14 城壁に心を向け、城郭に分け入って見よ。後の代に語り伝えよ
 48:15 この神は世々限りなくわたしたちの神 死を越えて、わたしたちを導いて行かれる、と。

 

Ⅰコリント 2:12 わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。
 2:13 そして、わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によるのではなく、"霊"に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。
 2:14 自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです。
 2:15 霊の人は一切を判断しますが、その人自身はだれからも判断されたりしません。
 2:16 「だれが主の思いを知り、主を教えるというのか。」しかし、わたしたちはキリストの思いを抱いています。

 

 

 

 

 

 

昨日は、使徒言行録に記されている、神の霊が降ったことをお祝いする聖霊降臨日だった。

聖霊が降り、キリストを救い主として信じる人たちが、神の偉大な救いの御業を語り始めたということが語られている。

そして、神の預言の言葉を聞いた人たちを大いに喜ばせ、励ましたことであろう。

実に、聖霊様は、そのような働きをなさるお方である。

御言葉を語らせ、その御言葉を聞いている人達を励まし、慰める、のである。

地の実りであったり、具体的な恵みも嬉しいことではあるが、何より、私たちの命と存在に対する救いの約束ほど感謝なことは無いし、そのために神が成し遂げられた御子イエス様の尊い命の代価による救いの御業にまさる幸いな恵みはないだろう。

神は、御子の命を私たちに賜って下さった。

そして、御子イエス様の十字架の贖いによって、永遠に滅びることのない命の恵みを与えて下さるのである。

何も力ある愛の業ができなくても、せめて、この神の大いなる愛による救いの約束をお伝えしていきたい。

それが一番の神の恵みであるのだから。