列王記下2章1~15節、詩篇104篇24~35節、ルカ1章5~17節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

列王記下 2:1 主が嵐を起こしてエリヤを天に上げられたときのことである。エリヤはエリシャを連れてギルガルを出た。
 2:2 エリヤはエリシャに、「主はわたしをベテルにまでお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、二人はベテルに下って行った。
 2:3 ベテルの預言者の仲間たちがエリシャのもとに出て来て、「主が今日、あなたの主人をあなたから取り去ろうとなさっているのを知っていますか」と問うと、エリシャは、「わたしも知っています。黙っていてください」と答えた。
 2:4 エリヤは、「エリシャよ、主はわたしをエリコへお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、二人はエリコに来た。
 2:5 エリコの預言者の仲間たちがエリシャに近づいて、「主が今日、あなたの主人をあなたから取り去ろうとなさっているのを知っていますか」と問うと、エリシャは、「わたしも知っています。黙っていてください」と答えた。
 2:6 エリヤはエリシャに、「主はわたしをヨルダンへお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、彼らは二人で出かけて行った。
 2:7 預言者の仲間五十人もついて行った。彼らは、ヨルダンのほとりに立ち止まったエリヤとエリシャを前にして、遠く離れて立ち止まった。
 2:8 エリヤが外套を脱いで丸め、それで水を打つと、水が左右に分かれたので、彼ら二人は乾いた土の上を渡って行った。
 2:9 渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。「わたしがあなたのもとから取り去られる前に、あなたのために何をしようか。何なりと願いなさい。」エリシャは、「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」と言った。
 2:10 エリヤは言った。「あなたはむずかしい願いをする。わたしがあなたのもとから取り去られるのをあなたが見れば、願いはかなえられる。もし見なければ、願いはかなえられない。」
 2:11 彼らが話しながら歩き続けていると、見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った。
 2:12 エリシャはこれを見て、「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と叫んだが、もうエリヤは見えなかった。エリシャは自分の衣をつかんで二つに引き裂いた。
 2:13 エリヤの着ていた外套が落ちて来たので、彼はそれを拾い、ヨルダンの岸辺に引き返して立ち、
 2:14 落ちて来たエリヤの外套を取って、それで水を打ち、「エリヤの神、主はどこにおられますか」と言った。エリシャが水を打つと、水は左右に分かれ、彼は渡ることができた。
 2:15 エリコの預言者の仲間たちは目の前で彼を見て、「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている」と言い、彼を迎えに行って、その前で地にひれ伏した。

 

詩篇 104:24 主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。
 104:25 同じように、海も大きく豊かで その中を動きまわる大小の生き物は数知れない。
 104:26 舟がそこを行き交い お造りになったレビヤタンもそこに戯れる。
 104:27 彼らはすべて、あなたに望みをおき ときに応じて食べ物をくださるのを待っている。
 104:28 あなたがお与えになるものを彼らは集め 御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。
 104:29 御顔を隠されれば彼らは恐れ 息吹を取り上げられれば彼らは息絶え 元の塵に返る。
 104:30 あなたは御自分の息を送って彼らを創造し 地の面を新たにされる。
 104:31 どうか、主の栄光がとこしえに続くように。主が御自分の業を喜び祝われるように。
 104:32 主が地を見渡されれば地は震え 山に触れられれば山は煙を上げる。
 104:33 命ある限り、わたしは主に向かって歌い 長らえる限り、わたしの神にほめ歌をうたおう。
 104:34 どうか、わたしの歌が御心にかなうように。わたしは主によって喜び祝う。
 104:35 どうか、罪ある者がこの地からすべてうせ 主に逆らう者がもはや跡を絶つように。わたしの魂よ、主をたたえよ。ハレルヤ。

 

ルカ 1:5 ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。
 1:6 二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。
 1:7 しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。
 1:8 さて、ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、
 1:9 祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。
 1:10 香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。
 1:11 すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。
 1:12 ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。
 1:13 天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。
 1:14 その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。
 1:15 彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、
 1:16 イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。
 1:17 彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」

 

 

 

 

 

バプテスマのヨハネは、イエス様に先立つ預言者として神から遣わされた者として、祭司ザカリアとその妻エリサベトのもとに生まれた。

ザカリアが祭司の務めをしていた時、天使が現われ、ヨハネ誕生のみ告げを受けるのであるが、その子は、エリヤの霊と力を持ち、民を神のもとに導く預言者となるであろうことが告げられている。

ある人は、ヨハネのことをエリヤの生まれ変わりではないかと思うかもしれない。

しかし「エリヤの霊と力を受けた預言者」であるなら、エリシャの生まれ変わりと言った方が近いかもしれない。

いずれにせよ、エリヤとエリシャは別の人物であるし、当然、ヨハネのまた別人である。

しかし、エリシャもヨハネも「エリヤの霊と力を受けた預言者」として用いられたのは間違いないだろう。

大切な事は、彼らが誰であるかということより、何をなしていったか、ということである。

彼らは、神のみ救いの良き知らせを受け取るために、人々の心を神に向けさせる、そういう役割を担った。

そうした預言者の働きは孤独であるし、過酷なものであったかもしれない。

けれど「エリヤの霊と力」がいつも共にあったし、何より、主なる神が共におられたことにちがいない。

私たちは、彼らのようなことはできないかもしれないが、少なくとも、神が共におられることは約束されている。

むしろ、そちらのほうが重要であろう。

力あることはできなくても、神が共におられることを大いに喜び、平安のうちに、神の救いの御業を証ししていくものでありたい。