エゼキエル28章25~26節、詩篇23篇、ルカ12章29~32節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エゼキエル 28:25 主なる神はこう言われる。わたしがイスラエルの家を、彼らの散らされた諸国の民の中から集めるとき、彼らによって、わたしは自分の聖なることを諸国民の前に示す。彼らは、わたしがわたしの僕ヤコブに与えた土地に住む。
 28:26 彼らはそこに安らかに住み、家を建て、ぶどう園を植え、安らかに住み着く。彼らを侮辱する周囲のすべての人々に、わたしが裁きを行うからである。そのとき彼らは、わたしが彼らの神、主であることを知るようになる。」

 

詩篇 23:1  賛歌。ダビデの詩。 主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
 23:2 主はわたしを青草の原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い
 23:3 魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく わたしを正しい道に導かれる。
 23:4 死の陰の谷を行くときも わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖 それがわたしを力づける。
 23:5 わたしを苦しめる者を前にしても あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ わたしの杯を溢れさせてくださる。
 23:6 命のある限り 恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り 生涯、そこにとどまるであろう。

 

ルカ 12:29 あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。
 12:30 それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。
 12:31 ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。
 12:32 小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。

 

 

 

 

 

聖書には、イスラエルの民の歴史に沿って、全能の主なる神様がなされたことが記されている。

とくに、出エジプトの出来事などは、このような出来事がなければ、この世界にイスラエルの民が存在しなくなっていたかもしれず、今イスラエルが存在し続けていることによって、これらの出来事が本当にあったことを物語っているし、神が存在し、働かれていることの証しとも言えるのだろう。

しかしそれは、イスラエルの民に限ったことではなく、今を生きている私たちにも当てはまることなのだろう。

私たちは生きている。

この世の誰一人、神のお許しなしにこの世界に存在することはできないし、神の豊かな恵の中に人は生きていると言っても過言ではない。

 

マタイ10:29 二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。
10:30 あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。
10:31 だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。

 

私たちは神に愛されているから、今こうして生きている。

何かをすることで、どうにかして神の存在や働かれていることを証明したいと思わずとも、まずは神の恵みに感謝し、喜んで生きて行くことを大切にしていきたい。

私の存在そのものが、生けるまことのの神の存在を証明している、そんな人生を歩んでいきたいものである。