マタイ23章34~36節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ 23:34 だから、わたしは預言者、知者、学者をあなたたちに遣わすが、あなたたちはその中のある者を殺し、十字架につけ、ある者を会堂で鞭打ち、町から町へと追い回して迫害する。

23:35 こうして、正しい人アベルの血から、あなたたちが聖所と祭壇の間で殺したバラキアの子ゼカルヤの血に至るまで、地上に流された正しい人の血はすべて、あなたたちにふりかかってくる。

23:36 はっきり言っておく。これらのことの結果はすべて、今の時代の者たちにふりかかってくる。」

神を恐れぬ者、あるいは神に敵対する者は、神から遣わされた預言者らを迫害し、時には殺してしまうことがある。
もちろん、そのようなことは許されることではない。
しかし、そのような迫害を行う者たちには、相応の裁きがもたらされることになろう。
仮に、この地上の生涯において裁かれることがなく、豊かで満ち足りた生活を送ったとしても、そのような人たちの生涯は祝福されたものとはは言えない。
神は必ず義に報いて下さる。
それがどのような形でかはわからない。
私たちの願うような形ではないかもしれないが、少なくとも、神はすべてを正しくお裁きになる。
我々は、すべてを主に委ねていくだけである。

1コリント4:3 わたしにとっては、あなたがたから裁かれようと、人間の法廷で裁かれようと、少しも問題ではありません。わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。
4:4 自分には何もやましいところはないが、それでわたしが義とされているわけではありません。わたしを裁くのは主なのです。
4:5 ですから、主が来られるまでは、先走って何も裁いてはいけません。主は闇の中に隠されている秘密を明るみに出し、人の心の企てをも明らかにされます。そのとき、おのおのは神からおほめにあずかります。

裁きは主に任せて、私は私のやるべきことをやる。それで良いと思う。