エレミヤ2章23~37節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ2:23 どうして、お前は言い張るのかわたしは汚れていないバアルの後を追ったことはない、と。見よ、谷でのお前のふるまいを思ってみよ、何をしたのか。お前は、素早い雌のらくだのように道をさまよい歩く。
2:24 また、荒れ野に慣れた雌ろばのように息遣いも荒く、欲情にあえいでいる。誰がその情欲を制しえよう。彼女に会いたければ、だれも苦労はしない。その月になれば、見つけ出せる。
2:25 素足になることを避け喉が渇かぬようにせよ、と言われてもお前は答えて言う。「いいえ、止めても無駄です。わたしは異国の男を慕いその後を追います」と。
2:26 盗人が捕らえられて辱めを受けるようにイスラエルの家も辱めを受けるその王、高官、祭司、預言者らも共に。
2:27 彼らは木に向かって、「わたしの父」と言い石に向かって、「わたしを産んだ母」と言う。わたしに顔を向けず、かえって背を向けしかも、災難に遭えば「立ち上がってわたしたちをお救いください」と言う。
2:28 お前が造った神々はどこにいるのか。彼らが立ち上がればよいのだ災難に遭ったお前を救いうるのならば。ユダよ、お前の神々は町の数ほどあるではないか。
2:29 なぜ、わたしと争いわたしに背き続けるのか、と主は言われる。
2:30 わたしはお前たちの子らを打ったが無駄であった。彼らは懲らしめを受け入れなかった。獅子が滅ぼし尽くすようにお前たちは預言者を剣の餌食とした。
2:31 この世代の者よ、見よ、これは主の言葉だ。わたしはイスラエルにとって荒れ野なのか。深い闇の地なのか。どうして、わたしの民は言うのか。「迷い出てしまったからにはあなたのもとには帰りません」と。
2:32 おとめがその身を飾るものを花嫁が晴れ着の帯を忘れるだろうか。しかし、わたしの民はわたしを忘れ数えきれない月日が過ぎた。
2:33 なんと巧みにお前は情事を求めることか。悪い女たちにさえ、その道を教えるほどだ。
2:34 お前の着物の裾には罪のない貧しい者を殺した血が染みついている。それは、盗みに押し入ったときに付いたものではない。それにもかかわらず
2:35 「わたしには罪がない」とか「主の怒りはわたしから去った」とお前は言う。だが、見よ。「わたしは罪を犯していない」と言うならお前は裁きの座に引き出される。
2:36 なんと軽率にお前は道を変えるのか。アッシリアによって辱められたようにエジプトにも辱められるであろう。
2:37 そこからも、お前は両手を頭に置いて出て来る。主はお前が頼りにしているものを退けられる。彼らに頼ろうとしても成功するはずがない。

誰もが「自分は罪など犯していない」と思っている。
しかし、その心は欲望で満ち溢れており、空しいものを追い求めては、さらに飢え渇きを増すような生き方を続けている。
罪を犯していないのではなく、それが罪であるということを認識していないのである。
罪とは何か。真の神を捨て、神ではないものを求め、頼り、滅びへと突き進んでいく生き方を続けていることである。
主なる神は、そのような罪に支配された生き方から救うために、時に厳しい言葉をもって悔い改めを迫ってくる。
それは何のためか。
一人でも救われる魂が起こされるために他ならない。
このような神のみ声を聞き、神に背を向けたような歩みを改め、神に目を向け、神と共に歩む生き方を送りたいものである。