1コリント4:1 こういうわけですから、人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。
4:2 この場合、管理者に要求されるのは忠実であることです。
4:3 わたしにとっては、あなたがたから裁かれようと、人間の法廷で裁かれようと、少しも問題ではありません。わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。
4:4 自分には何もやましいところはないが、それでわたしが義とされているわけではありません。わたしを裁くのは主なのです。
4:5 ですから、主が来られるまでは、先走って何も裁いてはいけません。主は闇の中に隠されている秘密を明るみに出し、人の心の企てをも明らかにされます。そのとき、おのおのは神からおほめにあずかります。
管理者に要求されるのは忠実であること。
しかし、何を管理する者であるかというと、神の秘められた計画を委ねられた管理者であるという。
秘められたものを管理するとは、これは何とも不思議な表現であるし、雲をつかむような話しである。
けれど、たとえば、これからイエス様と出会い救われようとする人のためにお世話をしたり導いたりすることは、まさに、秘められた計画を委ねられた管理者であり、我々はこうした方々が必ずイエス様のことを知って救われるであろう事を信じて接していくのみである。
疑っていては何も始まらないし、何をも導くことはできない。
たとえ時間がかかっても、である。
どんなに時間がかかっても、救いを求めている人は、必ず救われるし、何時の日か、真実は明らかにされる。
そう信じて、我々に委ねられた務めを全うしていくだけである。