1コリント2章1~5節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

1コリント2:1 兄弟たち、わたしもそちらに行ったとき、神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。
2:2 なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。
2:3 そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。
2:4 わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。
2:5 それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。

私たちが所属する西日本福音ルーテル教会の憲法の最初の部分には、次のようなことが記されている。

西日本福音ルーテル教会憲法
教理的立証
(聖書のみ)
1.私たちは、救いの唯一の道としての真の神であり、真の人であるイエス・キリストを宣べ伝えるために結び合わされている。
2.この事実の確認は、人間の発見でも知的業績でもない。それは神の啓示である。
3.十字架につけられてよみがえられた救い主キリストにおいて完成し、人間に与えられた神の啓示は、聖書の中に忠実に記録され、保存され、聖書を通してのみ私たちに来ることを信じる。さらにまた、聖書は神の活動についての人間の記録であるばかりでなく、それ自体が人間に対する神の啓示であることを信じる。・・・

これらの記述は、今日の聖書の日課に記されている内容と深く関係していることは一目瞭然であろう。
つまり、私たちは、人間的な活動や知的発見、業績といったことによらず、全ては神の啓示された聖書のみ言葉に従って、宣教活動をしているということである。
このことを最もよく表す言葉が「恵みの賜物」という言葉である。
恵みの賜物とは、すなわち、神の御言葉を宣べ伝える優れた賜物は、全て神が与えてくださる恵みによるということであって、そこに、学歴とか、地位、名誉といった事柄は無関係であるということである。
私たちの教会は、創設時以来、そうした恵みの賜物を尊重してきた歴史がある。だから、信徒でも御言葉を語る賜物が与えられていれば、立場に関係なく、用いられてきた。
そして、その人がどんなに貧しかろうと、コリントの手紙におけるパウロのように、それだけ恐れおののいていようとも、神がその人を通して語ろうとしているのなら、それもまたみ言葉の宣教になりうるのである。
だから、私たちも、おくびょうに支配されたままでいないで、神の霊と力の現われとして、私たちの全てを用いていただきたいと願うのである。