2コリント8:16 あなたがたに対してわたしたちが抱いているのと同じ熱心を、テトスの心にも抱かせてくださった神に感謝します。
8:17 彼はわたしたちの勧告を受け入れ、ますます熱心に、自ら進んでそちらに赴こうとしているからです。
8:18 わたしたちは一人の兄弟を同伴させます。福音のことで至るところの教会で評判の高い人です。
8:19 そればかりではありません。彼はわたしたちの同伴者として諸教会から任命されたのです。それは、主御自身の栄光と自分たちの熱意を現すようにわたしたちが奉仕している、この慈善の業に加わるためでした。
8:20 わたしたちは、自分が奉仕しているこの惜しまず提供された募金について、だれからも非難されないようにしています。
8:21 わたしたちは、主の前だけではなく、人の前でも公明正大にふるまうように心がけています。
8:22 彼らにもう一人わたしたちの兄弟を同伴させます。この人が熱心であることは、わたしたちがいろいろな機会にしばしば実際に認めたところです。今、彼はあなたがたに厚い信頼を寄せ、ますます熱心になっています。
8:23 テトスについて言えば、彼はわたしの同志であり、あなたがたのために協力する者です。これらの兄弟について言えば、彼らは諸教会の使者であり、キリストの栄光となっています。
8:24 だから、あなたがたの愛の証しと、あなたがたのことでわたしたちが抱いている誇りの証しとを、諸教会の前で彼らに見せてください。
今年の春から神学校の理事となり、神戸へ出張する機会が増えている。
個人的には、理事定数を二人から三人に増員する必要などあるのだろうか?と思ったこともある。
しかし、理事会に出席するようになってみて分かったことは、人はみなそれぞれ考え方も違えば、生い立ち、環境、関心ごとなど一致することのほうが珍しいくらい、それぞれに個性があるということである。
つまり、一人の人間だけに全てを任せていくことは、どうしても独善的になりやすく、それを避けるためにも、二人または三人の人が協力して働きを進めていくことがいかに重要であるかということなのだろう。
マタイ18:19 また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。
18:20 二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」
次の日曜日の日課の御言葉である。
二人または三人が心を合わせるということがいかに難しいことであるかと思わされる。
しかし、そこに主なる神が共にいてくださるからこそ、思いも行いも一致していくことができるのであろう。
心を一致させれば、神が祈りを聞いてくださるのではない。
神がそこにいてくださるから、心が一致し、祈りが聞かれていくのである。