2コリント5:16 それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。
5:17 だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。
5:18 これらはすべて神から出ることであって、神は、キリストを通してわたしたちを御自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務をわたしたちにお授けになりました。
5:19 つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。
5:20 ですから、神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。
5:21 罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。
キリストを知る前は、人と出会っても、その人が自分にとって利害関係があるか、たとえば、役に立つかとか、好きか嫌いかといった基準で判断していたように思う。
しかし、キリストを知ってからは、どの人であっても、神がその人を愛しているが故に、愛おしく思えたり、公平に接していかなければ、と思うようになってくる。
もちろん、万人を等しく愛していくなどということは、そう簡単なことではないが、少なくとも「神はこの人のことも愛しているのだ」と思うだけで、自然と見方が変わってくる。それが新しくされたということなのかもしれない。
私自身に隣人を愛する力など微塵もないかもしれないが、神がこの人のことを無限の愛で愛しているのだという事実だけは忘れないでいたいものである。