マタイ11章20~24節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ11:20 それからイエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた。
11:21 「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。
11:22 しかし、言っておく。裁きの日にはティルスやシドンの方が、お前たちよりまだ軽い罰で済む。
11:23 また、カファルナウム、お前は、天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。
11:24 しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済むのである。」

イエス様は私たちの国をどのようにご覧になているだろうか。
多くの人々が真の神を知ろうともせず、肉の欲、己の心の赴くままに歩み続けている。
そして、この国の指導者らの主張していることは、もはや驕りを通り越し、自ら破滅を招くようなことばかり。
裁かれても仕方のない国のように思えて仕方ない。
けれど、そのような中にも救われる人がいる。
それだけが望み。
誰一人神の御言葉に耳を傾けようともせず、救われる人が一人もいなくなったら、それで終わり。
一人、一人ずつでいい。とにかくイエス様のことをお伝えしながら、救いの恵みに信頼する人が与え続けられるように祈る。