ヘブル1章1~4節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヘブル1:1 神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、
1:2 この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。
1:3 御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。
1:4 御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。

日曜日の朝、礼拝前の少しの時間、求道中の方と聖書の学びの時間を持つことになった。
できるだけわかりやすく、難しい話はしないように心がけ、どうすればイエス様のことがわかっていただけるかと模索しながら、学びを進めている。
昨日は、イエス様が十字架にかけられている絵を見ながら説明した。
私たちが救われるためには、どんな小さな罪でも持っていたら天国にいけないかもしれない。
でも、私たちには、どれほどの罪を犯しているか、検討さえつかないし、それを全て償っているかと言われたら、全く自信がない。
でも、イエス様が「私があなたの代わりに、私の命で支払ってあげよう」と言ってくださっている。
それが、イエス様の十字架の意味。
そして、神のひとり子であられるイエス様の命の代価が支払われたほどに、私たちは高価な値で神様に買い取られたのであり、それほど、神様は私たちを愛して下さった。
と、そんな説明をした。
求道中の方も「よくわかった」と言って下さった。
イエス様の十字架のお姿に、神様の全ての思い、愛、憐れみ、赦し、救い、幸い、何もかも現されている。
だから、イエス様の十字架をいつも見上げていけばいい。
ここに、神様の本質のすべてが現されているのだから。