マタイ27:27 それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。
27:28 そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、
27:29 茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。
27:30 また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。
27:31 このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。
イエス様は、「あなたはユダヤ人の王か」との問いに「あなたが答えているとおりだ」と答えられ、ユダヤ人の王であるということは認められている。
しかし、民衆は認めていない。
それどころか、「ユダヤ人の王」であるということを、おちょくるかのように振る舞い、イエス様を侮辱しているのである。
もはや、嫌味や皮肉などといったレベルではない。迫害であり、真の王であられるイエス様を喜んで抹殺しようとしているのだ。
しかし、悲しいかな、このような反応が大勢である。
イエス様を受け入れられないのなら仕方がない。
しかし、何故、そこまで敵対し、侮辱、迫害まで仕向けるのか。
自分と意見がちがうのなら、相手にしなければいいだけの話ではないだろうか。
なのに、なぜ、攻撃までするのだろうか。
実に、そこに人間の罪の現実の姿がある。
人間とは、それほどまでに罪深い存在なのだ。
その事実い気がつき、そこから解放されたいと願うなら、イエス様の十字架が意味あるものとなるのである。