ヨハネ7章16~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨハネ7:16 イエスは答えて言われた。「わたしの教えは、自分の教えではなく、わたしをお遣わしになった方の教えである。
7:17 この方の御心を行おうとする者は、わたしの教えが神から出たものか、わたしが勝手に話しているのか、分かるはずである。
7:18 自分勝手に話す者は、自分の栄光を求める。しかし、自分をお遣わしになった方の栄光を求める者は真実な人であり、その人には不義がない。

昨日はメッセージでは、珍しく自分の趣味の写真やカメラなどの事を交えながらお話した。
興味のない人には、つまらない話かもしれない。
ある人が聞けば、ただの自慢話か、どうでもいい話にしか聞こえないかもしれない。
けれど、そのことを通して伝えたいことがあるから、話題にしてみた。
カメラを通して、どんな写真を残すかということは、その人が何を見て、何を伝えようとしているかを知ることができる。
結局はメッセージも同じなのだ。
語る者が何を見て、何を伝えようとしているか、話を聞いていけば自ずと見えてくるものがある。
一見、親ばかのようにしか見えない家族写真も、そこに深い愛情が表現されているように、聖書の十字架のキリストのメッセージに、神に深い深い愛と憐れみが現されている。
私はそのことを伝えたいと思う。
そのために、キリストばかと呼ばれようと。
むしろ、そのように呼ばれるような者になりたいと願うものである。