ホセア2:16 それゆえ、わたしは彼女をいざなって荒れ野に導き、その心に語りかけよう。
2:17 そのところで、わたしはぶどう園を与えアコル(苦悩)の谷を希望の門として与える。そこで、彼女はわたしにこたえる。おとめであったときエジプトの地から上ってきた日のように。
2:18 その日が来ればと主は言われる。あなたはわたしを、「わが夫」と呼びもはや、「わが主人(バアル)」とは呼ばない。
2:19 わたしは、どのバアルの名をも彼女の口から取り除く。もはやその名が唱えられることはない。
2:20 その日には、わたしは彼らのために野の獣、空の鳥、土を這うものと契約を結ぶ。弓も剣も戦いもこの地から絶ち彼らを安らかに憩わせる。
2:21 わたしは、あなたととこしえの契りを結ぶ。わたしは、あなたと契りを結び正義と公平を与え、慈しみ憐れむ。
2:22 わたしはあなたとまことの契りを結ぶ。あなたは主を知るようになる。
2:23 その日が来れば、わたしはこたえると主は言われる。わたしは天にこたえ天は地にこたえる。
2:24 地は、穀物と新しい酒とオリーブ油にこたえそれらはイズレエル(神が種を蒔く)にこたえる。
2:25 わたしは彼女を地に蒔きロ・ルハマ(憐れまれぬ者)を憐れみロ・アンミ(わが民でない者)に向かって「あなたはアンミ(わが民)」と言う。彼は、「わが神よ」とこたえる。
かつて偶像礼拝に手を染めていったイスラエルの民を、主なる神様は一方的な憐れみの故に、赦し、解放、そして、最終的に永遠の契約へと導いていかれる。
その経緯を見ていくと、まず主なる神は、イスラエルの民をいざなって荒れ野に導き、そこの心に語りかけるのである。
その時は、まだイスラエルの民にとっては、荒れ野にいざなわれただけに過ぎないのだが、そこで主なる神は、ねんごろに語りかけるのである。
そして、苦悩の谷が希望の門と帰られた時、ようやく彼らは神の語りかけに応答するのである。
そして、その応答の故に、神は彼らと契約を結び、イスラエルの民は神の民として永遠の祝福を約束されるわけである。
このような一連の流れを見ていく時、ただただ、主なる神が一方的に民を憐れみ、神自ら働きかけ、最後まであきらめずに、粘り強く、改心へと導いていこうとされる姿を見ることができるだろう。
こうした流れを見ていると、人が救われるために何をして行けば良いのかということを教えられるような気する。
まず誘う。断られても、あきらめずに誘い続ける。そして、共に希望の御言葉を聞く。
そして、その先にようやく神への応答が導かれていく。
伝道の働きに近道はない。
粘り強く、誘い続けていくことから取り組んでいきたい。