フィリピ2:19 さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを、主イエスによって希望しています。
2:20 テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。
2:21 他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。
2:22 テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、息子が父に仕えるように、彼はわたしと共に福音に仕えました。
2:23 そこで、わたしは自分のことの見通しがつきしだいすぐ、テモテを送りたいと願っています。
2:24 わたし自身も間もなくそちらに行けるものと、主によって確信しています。
テモテのように、わたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいない、とパウロは述べている。
「親身になって」とは、真に心温まる情の深い言葉である。
もとの単語は「真実」とか「誠実」といった意味を表す言葉であるが、そのような真実で誠実な態度をもって心配してもらえるとうことは、本当に幸いなことである。
教会は神の家族と呼ばれる。
互いに本当の親子のようになって、お互いのことを覚えあい、祈りあっていけるような群れになれたいと思う。
もちろん、一方的に、子どもが親にねだるようにというだけではなく、それこそ「親身」になってと語られている通り、お互いが相手の親のごとく、親心を持って接することが大切なのだろう。
そして、真のお父様は言うまでも無くキリストである。
自分のことを優先するのではなく、キリストにある心が優先されるようになれたら、と願う。