詩篇13:1 指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。
13:2 いつまで、主よわたしを忘れておられるのか。いつまで、御顔をわたしから隠しておられるのか。
13:3 いつまで、わたしの魂は思い煩い日々の嘆きが心を去らないのか。いつまで、敵はわたしに向かって誇るのか。
13:4 わたしの神、主よ、顧みてわたしに答えわたしの目に光を与えてください死の眠りに就くことのないように
13:5 敵が勝ったと思うことのないようにわたしを苦しめる者が動揺するわたしを見て喜ぶことのないように。
13:6 あなたの慈しみに依り頼みます。わたしの心は御救いに喜び躍り主に向かって歌います「主はわたしに報いてくださった」と。
神は我らの全ての祈りを聞き届けて下さる。
それが聖書に約束された言葉である。
しかし、現実はそう簡単ではない。
なかなか祈りの答えがない場合のほうが多く感じられる。
そんな時「主よいつまで苦しまなければならないのですか」とつぶやいてしまう。
しかし、聖書には、私たちの悩みや苦しみも全て、イエス様が十字架に背負って下さると語られている。
ということは、今日も「主よ、いつまでですか」とつぶやく悩みや苦しみも、今日またイエス様の両肩に重荷としてずしりと積み上がっているということではないだろうか。
私たちが「主よ、いつまでですか」と問うたびに、イエス様もまた、私たち以上に苦しまれている。
そう思うだけでも、あなたの慈しみに依り頼み、「主はわたしに報いて下さった」と言って、わたしの心は御救いに喜び踊り、主に向かって歌うことができるのである。