ルカ20章45~47節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルカ20:45 民衆が皆聞いているとき、イエスは弟子たちに言われた。
20:46 「律法学者に気をつけなさい。彼らは長い衣をまとって歩き回りたがり、また、広場で挨拶されること、会堂では上席、宴会では上座に座ることを好む。
20:47 そして、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる。」

勉学に励んだり、知識を蓄えたりすることや、培ってきたものを後輩に教えていったりすることはとても大切なことである。
けれども、そこに、それによって他者から尊ばれることや、りっぱな人と見られたいとの思いがあってのことであるならば、それらの努力の価値も半減してしまうように思う。
いや、イエス様はもっと厳しく「このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる」と指摘しておられる。

時々自分もいろいろと学びたいなあと思うこともある。
けれど、物理的にそれが適えられないということは、今の自分にそれを学ぶ必要はないということでもあろうし、どなたか他の人で、それを学ぶのに適任の人がいるに違いないから、その方にお任せしたら良いと思う時もある。

何でもかんでも自分がしなければと思うと負担になることもあるが、それよりも、今の自分のするべきことかどうか、しっかり吟味して、やるべきことをきちんと取捨選択し、やるべきことがきちんと果たせるようになれたらそれで良いと思う。

ルカ17:7 あなたがたのうちだれかに、畑を耕すか羊を飼うかする僕がいる場合、その僕が畑から帰って来たとき、『すぐ来て食事の席に着きなさい』と言う者がいるだろうか。
17:8 むしろ、『夕食の用意をしてくれ。腰に帯を締め、わたしが食事を済ますまで給仕してくれ。お前はその後で食事をしなさい』と言うのではなかろうか。
17:9 命じられたことを果たしたからといって、主人は僕に感謝するだろうか。
17:10 あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」

今日、主が私に望んでいる私のなすべきことを行うことができますように。