ルカ20:20 そこで、機会をねらっていた彼らは、正しい人を装う回し者を遣わし、イエスの言葉じりをとらえ、総督の支配と権力にイエスを渡そうとした。
20:21 回し者らはイエスに尋ねた。「先生、わたしたちは、あなたがおっしゃることも、教えてくださることも正しく、また、えこひいきなしに、真理に基づいて神の道を教えておられることを知っています。
20:22 ところで、わたしたちが皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。」
20:23 イエスは彼らのたくらみを見抜いて言われた。
20:24 「デナリオン銀貨を見せなさい。そこには、だれの肖像と銘があるか。」彼らが「皇帝のものです」と言うと、
20:25 イエスは言われた。「それならば、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」
20:26 彼らは民衆の前でイエスの言葉じりをとらえることができず、その答えに驚いて黙ってしまった。
イエス様をメシアの到来と信じた人たちの中には、今すぐにイエス様がローマの支配を打ち倒し、ダビデ以来のイスラエル国家の再興を夢見る熱狂的な人たちも大勢いたのであろう。
そのような人たちにとっては、ローマはもはや、忠誠に値しないと考える者もいて、税金など納めなくても良いと考えた人がいたのかもしれない。
そこで、イエス様の言葉じりをとらえて、ローマ総督のもとにイエス様を引き渡そうとした者たちが、ローマ皇帝に税金を納めることは律法に適っているかと問うたのであろう。「納める必要はない」との答えを予想してであろう。
しかしイエス様の答えは違っていた。
「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」
デナリオン銀貨には、ローマ皇帝の肖像が銘打たれていて、それは、ローマ皇帝のものであるから、ローマに納めればよい。しかし、あなた自身は誰のものなのか?神のものならば、神に返しなさい、ということなのだろう。
イエス様のお答えは、たいへん優れた回答であり、現代に生きる私たちにとっても通じる教えでもある。
神からあずかったものは、きちんと神に返していかねばならない、と思わされる御言葉である。