ルカ12章1~3節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルカ12:1 とかくするうちに、数えきれないほどの群衆が集まって来て、足を踏み合うほどになった。イエスは、まず弟子たちに話し始められた。「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それは偽善である。
12:2 覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。
12:3 だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。」

イエス様は、覆われているもので現されないものはなく、隠れているもので知られずに済むものはないと仰せられる。
全ての事が、必ず明らかにされる日が来るというのである。

先日、ヨハネの黙示録の学びをした際、終わりの時には、人がした全ての行いに応じて裁きが行われるということを学んだ。
そして、その時には、幾つもの書物が読み上げられるという。
おそらく、そこには、私たちの生涯の全ての行動が記されているのであろう。

黙示録20:12 わたしはまた、死者たちが、大きな者も小さな者も、玉座の前に立っているのを見た。幾つかの書物が開かれたが、もう一つの書物も開かれた。それは命の書である。死者たちは、これらの書物に書かれていることに基づき、彼らの行いに応じて裁かれた。

正直、こんなことが行われたなら、たまったものではない。
何もかもが明らかにされるのだから、そんな状況の中、生きていられないほどであろう。
けれど、そこでは同時に「命の書」も読み上げられるのだ。
そこに名が記された者は、どんなに多くの罪を犯していても、救われる。
それが聖書の約束。
恐ろしいほどの恥と同時に、驚くべき平安が与えられる。
これが十字架の言葉、聖書の御言葉なのである。