詩篇53篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇53:1 【指揮者によって。マハラトに合わせて。マスキール。ダビデの詩。】
53:2 神を知らぬ者は心に言う「神などない」と。人々は腐敗している。忌むべき行いをする。善を行う者はいない。
53:3 神は天から人の子らを見渡し、探される目覚めた人、神を求める人はいないか、と。
53:4 だれもかれも背き去った。皆ともに、汚れている。善を行う者はいない。ひとりもいない。
53:5 悪を行う者は知っているはずではないかパンを食らうかのようにわたしの民を食らい神を呼び求めることをしない者よ。
53:6 それゆえにこそ、大いに恐れるがよい かつて、恐れたこともなかった者よ。あなたに対して陣を敷いた者の骨を神はまき散らされた。神は彼らを退けられ、あなたは彼らを辱めた。
53:7 どうか、イスラエルの救いがシオンから起こるように。神が御自分の民、捕われ人を連れ帰られるときヤコブは喜び躍りイスラエルは喜び祝うであろう。

他人の罪が見える。
どうしても、他人の罪ばかり見えてしまう。
けれど、他人の罪が「それが罪である」と分かるということは、自分のうちにも同じ罪があるからこそ。
だから、罪に対する裁きは、いつも自分に帰ってくる。
私も救われなければならない。
そして、私のうちに、罪人を救いうるような力はないことも知っている。
だから、主イエス様が必要。
救い主イエス・キリストの十字架の贖いと復活による救いが必要なのだ。