使徒17:10 兄弟たちは、直ちに夜のうちにパウロとシラスをベレアへ送り出した。二人はそこへ到着すると、ユダヤ人の会堂に入った。
17:11 ここのユダヤ人たちは、テサロニケのユダヤ人よりも素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。
17:12 そこで、そのうちの多くの人が信じ、ギリシア人の上流婦人や男たちも少なからず信仰に入った。
17:13 ところが、テサロニケのユダヤ人たちは、ベレアでもパウロによって神の言葉が宣べ伝えられていることを知ると、そこへも押しかけて来て、群衆を扇動し騒がせた。
17:14 それで、兄弟たちは直ちにパウロを送り出して、海岸の地方へ行かせたが、シラスとテモテはベレアに残った。
17:15 パウロに付き添った人々は、彼をアテネまで連れて行った。そしてできるだけ早く来るようにという、シラスとテモテに対するパウロの指示を受けて帰って行った。
パウロらの伝道において、彼らを取り巻いていた人たちの中には、彼らの宣教に耳を傾けて熱心に聖書を調べる人たちがいる一方で、執拗に彼らを追いかけては暴動を起こす人たちもいた。
こういった人たちの行動は、一見、対照的にも見えるのだが、宗教に対する熱心さという点では、いずれも劣らぬものを持っていたと言える。
それがユダヤ人の特徴なのかもしれない。
その点、日本人はと言えば、宗教に関してはそれほど熱心ではないのかもしれない。
よく言えば寛容であるが、悪く言えばいい加減、初詣もすれば、クリスマスも祝う。
そして、お金に対しては誰もが熱心である。
最近では、原発問題などでデモが行われることもあり、健康問題にも敏感である。
つまり、誰もが健康で長生きしたいということを願っているということではないだろうか。
健康と長寿を求めるのなら、聖書のもたらす救いのメッセージは、とても素晴らしい約束を与えることができると思うのだが。