今年のクリスマスはいつもと違い、西宮の教会のキャンドルサービスに参加した。出掛ける前に、我が家の子供たちは、懐中電灯を持っていった方がいいかと聞くので、街が明るいから要らないよと教えてあげた。
教会への道中、どこにも懐中電灯を必要とするような所はない。
治安のためには良いことと思うが、果たして、これが本当に良いことなのかと考えてしまう。
聖書には、闇に光あれと神様が仰せられた言葉から始まっている。
そして、この世界が創られていったのである。
闇がどんな状態かわからなければ、光の素晴らしさもわからないのではないだろうか。
普段、私たちが暮らしている蒜山の周辺は、夜は本当に真っ暗闇である。
でも、不思議と、怖いという感じはない。
そこに誰も人がいないからというのもあるかもしれないが、夜空を見上げれば、神が創造された月も星も輝いており、思いの外、月明かりが明るい時もある。
そんなことが体感できるの、蒜山が普段、漆黒の闇に包まれているからである。
太古の世界、人類を照らす光と言えば、太陽と月と星、それにわずかばかりの火だけであったはず。
そんな創造の世界に暮らすことのできる幸いを感謝したい。