イザヤ26章1~13節、黙示録21章22~27節、マタイ5章1~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ5:1 イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。
5:2 そこで、イエスは口を開き、教えられた。
5:3 「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
5:4 悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。
5:5 柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
5:6 義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。
5:7 憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。
5:8 心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。
5:9 平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
5:10 義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
5:11 わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。
5:12 喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」

慰めと癒しに満ちたイエス様の素晴らしい言葉。
しかし、これらのことは、全て主イエス様の十字架と復活による贖いと救いによって実現する約束に伴うものである。
私たちは心貧しい者でもないし、柔和な人でもない。
悲しむことはあっても、義に飢え渇くほど正義を求める者でもない。
ましてや、憐れみ深く、心の清いものでも、平和を実現することのできる力など持っていない。
真の平和を実現することのできるお方は、永遠に壊されることのない確かな城を築き、そこに、信仰者を導き入れられる、唯一の神、イエス様をおいて他にはいない。

イザヤ26:1 その日には、ユダの地でこの歌がうたわれる。我らには、堅固な都がある。救いのために、城壁と堡塁が築かれた。
26:2 城門を開け神に従い、信仰を守る民が入れるように。
26:3 堅固な思いを、あなたは平和に守られるあなたに信頼するゆえに、平和に。
26:4 どこまでも主に信頼せよ、主こそはとこしえの岩。
26:5 主は高い所に住まう者を引きおろし築き上げられた都を打ち倒し地に打ち倒して、塵に伏させる。
26:6 貧しい者の足がそれを踏みにじり弱い者の足が踏みつけて行く。
26:7 神に従う者の行く道は平らです。あなたは神に従う者の道をまっすぐにされる。

最近、子供たちが大河ドラマにはまっていて、先週は、ついに、大阪城の堀が埋め戻されてしまい、陥落間近となっている。
争いのない時代は、確かに平和なのかもしれないが、権力や富による支配の続く限り、そこに真の平和は存在しない。
あるのは恐怖と失望だけであろう。

主がもたらす平和は、そのような偽りの平和ではない。

黙示録21:22 わたしは、都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。
21:23 この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。
21:24 諸国の民は、都の光の中を歩き、地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。
21:25 都の門は、一日中決して閉ざされない。そこには夜がないからである。
21:26 人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。
21:27 しかし、汚れた者、忌まわしいことと偽りを行う者はだれ一人、決して都に入れない。小羊の命の書に名が書いてある者だけが入れる。

神の子イエス・キリストの贖いの御業によって、命の書に名前を記された幸いを心に留め、真の平和のうちを歩ませていただきたいものである。