マタイ15:32 イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れきってしまうかもしれない。」
15:33 弟子たちは言った。「この人里離れた所で、これほど大勢の人に十分食べさせるほどのパンが、どこから手に入るでしょうか。」
15:34 イエスが「パンは幾つあるか」と言われると、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。
15:35 そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、
15:36 七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。
15:37 人々は皆、食べて満腹した。残ったパンの屑を集めると、七つの籠いっぱいになった。
15:38 食べた人は、女と子供を別にして、男が四千人であった。
15:39 イエスは群衆を解散させ、舟に乗ってマガダン地方に行かれた。
主イエス様は、再び大勢の群集たちの食事を満たされた時、まず、彼らを憐れまれたことがきっかけとなっていることが伺える。
どんな奇跡の業も、主イエス様が憐れんでくださる、その愛の心が動機となっているということは、感謝なことである。
そして、主イエス様は、神への感謝の祈りに続いて、弟子達にパンを分け与えるよう手渡しておられる。
神の祝福をみなで分け合うことは、感謝すべきことなのだ。
そういう意味で、私たちも、神の憐れみの故になされる奇跡の御業に、感謝の心を持って携わらせて頂く者とならせていただきたいものである。