ミカ1:10 ガトで告げるな、「決して泣くな」と。ベト・レアフラで塵に転がるがよい。
1:11 シャフィルの住民よ、立ち去れ。ツァアナンの住民は裸で恥じて出て行ったではないか。ベト・エツェルにも悲しみの声が起こりその支えはお前たちから奪われた。
1:12 マロトの住民は幸いを待っていたが災いが主からエルサレムの門にくだされた。
1:13 ラキシュの住民よ、戦車に早馬をつなげ。ラキシュは娘シオンの罪の初めである。お前の中にイスラエルの背きが見いだされる。
1:14 それゆえ、モレシェト・ガトに離縁を言い渡せ。イスラエルの王たちにとってアクジブの家々は、水がなくて人を欺く泉(アクザブ)となった。
1:15 マレシャの住民よ、ついにわたしは征服者をお前のもとに来させる。イスラエルの栄光はアドラムに去る。
1:16 お前の喜びであった子らのゆえに髪の毛をそり落とせ。禿鷹の頭のように大きなはげをつくれ彼らがお前のもとから連れ去られたからだ。
地図を見ると、ガト、ラキシュ、マレシュといった町々は、いずれも、エルサレムの南西に位置する町で、ペリシテに近い地方にある。
そのため、異教徒の影響をまともにうけていたのであろう。
エルサレムに近い町といえども、一歩町を離れれば、そのような状態であったのかもしれない。
全く同じではないが、私たちの集う教会も、一歩外に足を踏み出すと、様々な誘惑や、異教の神々などであふれかえっており、これらの影響を避けることは、事実上不可能のように見える。
しかし、正しい信仰を守り、真の祝福にあずかるためには、できるだけこれらの影響を受けないように努めなければならない。
かといって、町に出て行かないわけにはいかない。
なぜなら、この町に住む人たちに福音を宣べ伝えるのも、私たちの務めなのだから。
何が重要で、何が大切なことであるか、見失わないよう、主をのみ見上げて歩み続けていくことができますように。