ルカ22章6~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルカ23:6 これを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ね、
23:7 ヘロデの支配下にあることを知ると、イエスをヘロデのもとに送った。ヘロデも当時、エルサレムに滞在していたのである。
23:8 彼はイエスを見ると、非常に喜んだ。というのは、イエスのうわさを聞いて、ずっと以前から会いたいと思っていたし、イエスが何かしるしを行うのを見たいと望んでいたからである。
23:9 それで、いろいろと尋問したが、イエスは何もお答えにならなかった。
23:10 祭司長たちと律法学者たちはそこにいて、イエスを激しく訴えた。
23:11 ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した。
23:12 この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。

ピラトはローマの地方総督であり、ヘロデはガリラやの領主であった。
彼らは、それまで互いに権力争いのために敵対していたのであろう。
しかし、ユダヤの人々の訴えに応じる事で、利害が一致。
それによって、珍しく意見が合致したということなのだろう。

この構図は、宗教界からの訴えを、政界と経済界が一致協力して応じるようなものであろう。
いずれの勢力も、みな、この世のものである。


キリスト教も、この世の事柄に対して、あまり深く関わりを持ち過ぎると、この世に埋没してしまい、この世の宗教となってしまいかねない。
かといって、全くこの世とはかけ離れた行動を取る事も難しい。
しかし、私たちは、あくまで神の御救いの業にあずかっているということを常に忘れることなく、その上で、この世生活の中に身を置くことが大切なのだろうと思う。

マタイ22:17 ところで、どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。
22:19 税金に納めるお金を見せなさい。」彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、
22:20 イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。
22:21 彼らは、「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」

たとえこの世のモノであったとしても、それが「神からのもの」であるならば、それを神にお返しすることができるように務めたいものである。