1ヨハネ5:6 この方は、水と血を通って来られた方、イエス・キリストです。水だけではなく、水と血とによって来られたのです。そして、“霊”はこのことを証しする方です。“霊”は真理だからです。
5:7 証しするのは三者で、
5:8 “霊”と水と血です。この三者は一致しています。
5:9 わたしたちが人の証しを受け入れるのであれば、神の証しは更にまさっています。神が御子についてなさった証し、これが神の証しだからです。
5:10 神の子を信じる人は、自分の内にこの証しがあり、神を信じない人は、神が御子についてなさった証しを信じていないため、神を偽り者にしてしまっています。
5:11 その証しとは、神が永遠の命をわたしたちに与えられたこと、そして、この命が御子の内にあるということです。
5:12 御子と結ばれている人にはこの命があり、神の子と結ばれていない人にはこの命がありません。
教会の中で、時々信徒の方の証しを聞くことがある。
この場合、割りに多くの方がご自分が経験されたことをお話し、そこから神への感謝を語られる。
しかし、本日の日課の箇所を読むと、証しとは、まさに、イエス・キリストを証しすることであるということがよく分かる。
そして、イエス様がその生涯において、私たちのために洗礼を受け、私たちのために十字架で血を流されたことが、全て私たちの救いのためであったということを信じて告白するとき、それが証しとなりうるのだということを思わされる。
証しとは、ただただ、主イエス・キリストを指し示すことに他ならない。
そして、そこには必ず聖霊が働いていることを覚え、それ故に、感謝し、励ましを受けたいものである。