1ヨハネ3章11~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

1ヨハネ3:11 なぜなら、互いに愛し合うこと、これがあなたがたの初めから聞いている教えだからです。
3:12 カインのようになってはなりません。彼は悪い者に属して、兄弟を殺しました。なぜ殺したのか。自分の行いが悪く、兄弟の行いが正しかったからです。
3:13 だから兄弟たち、世があなたがたを憎んでも、驚くことはありません。
3:14 わたしたちは、自分が死から命へと移ったことを知っています。兄弟を愛しているからです。愛することのない者は、死にとどまったままです。
3:15 兄弟を憎む者は皆、人殺しです。あなたがたの知っているとおり、すべて人殺しには永遠の命がとどまっていません。
3:16 イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです。
3:17 世の富を持ちながら、兄弟が必要な物に事欠くのを見て同情しない者があれば、どうして神の愛がそのような者の内にとどまるでしょう。
3:18 子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。

我が家の子供たちは、最近、毎日のように将棋をして遊んでいる。
なんでも、学校で流行っているのだとか。
我が家では、男の子が四人いるので、二組ずつ対戦することができる。
が、数分もしないうちに喧嘩が始まる。
「将棋は紳士のゲームだよ!喧嘩するような人は、将棋をする資格はないよ!」と、毎日同じ事を繰り返すが、一向に治まる気配はない。
誰も将棋に勝ちたいし、自分が一番になりたいのだ。


双子が生まれることがわかった頃、長男にヨシュアという名前をつけたために、次に生まれてくる子らには、カインとアベルと名づけたらどうかと言った人がいた。
なんと非常識な人だろうと思ったものである。
しかし、今の二人を見ていると、どっちもカインみたいに見えてくる。

兄弟を愛するということが、いかに難しいことで、不可能なことかということを思い知らされる。
しかし、イエス様はそれをなさったお方。

私を兄弟と呼んでくださり、愛してくださるイエス様のその愛に感謝。