1ペトロ2:1 だから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな捨て去って、
2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。
2:3 あなたがたは、主が恵み深い方だということを味わいました。
2:4 この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。
2:5 あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい。
2:6 聖書にこう書いてあるからです。「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、シオンに置く。これを信じる者は、決して失望することはない。」
2:7 従って、この石は、信じているあなたがたには掛けがえのないものですが、信じない者たちにとっては、「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」のであり、
2:8 また、「つまずきの石、妨げの岩」なのです。彼らは御言葉を信じないのでつまずくのですが、実は、そうなるように以前から定められているのです。
人生の土台をどこに据えるか、これは私たちが生きていく上で、たいへん重要なことである。
私たちのために神ご自身が十字架で罪の償いの犠牲を支払い、一切の罪を赦してくださるという救いの約束を頂き、その救いの根拠でもあるお方を土台に据えて生きていく事は、何物にもまさる平安と希望を与えられる。
悪意や偽りなどを捨て去った人生を送りたいからというだけではない。
むしろ、そんなことも思えなくなるような永遠の喜びを頂く事で、心の底から変えられていくことを願うからである。
私はそんな生き方を続けていきたい。
そのために、常に私の救いの土台である、イエス・キリストの十字架と復活の御業を賛美し、この喜びの知らせを宣べ伝えていきたいと願う。
それが霊的な家に建て上げられていくということなのだろう。