2テモテ4:1 神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。
4:2 御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。
4:3 だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、
4:4 真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。
4:5 しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい。
聖書に記された神の御言葉は、書かれているままに、包み隠さず語られるなら、それを聞いている人にとっては、厳しい面がある。
なぜなら、すべての人間が持っている罪について指摘し、そのままでは神の裁きを受けねばならないことが語られるからである。
しかし、それは、真理の一部であり、その先にある福音の言葉こそが神様が宣べ伝えるよう命じておられる真理の中心なのだ。
すなわち、神の御子イエス・キリストが、私たちの身代わりとなって十字架で死なれ、よみがえり、それによってすべての罪のあがないが成し遂げられ、信じるすべての者にイエス様と等しく、永遠の命に与らせてくださるということである。
私たちは、この真理を宣べ伝えなければならない。
そのために罪を指摘することを恐れてはならない。
なぜなら、救われるために必要なことだからである。
罪をそのままにしていては、神の国に入ることができない。
それを可能にするのは、ただただ、主イエス・キリストのあがないの十字架と復活が私のためであったということを信じて受け入れることによってのみである。
だから私たちはこの真理を宣べ伝えようではないか。
折が良くても悪くても。