士師記6:28 翌朝早く町の人々が起きてみると、バアルの祭壇は壊され、その傍らのアシェラ像も切り倒されていた。築かれた祭壇の上に第二の若い牛がささげられているので、
6:29 人々は口々に、「誰がこんなことをしたのか」と言った。尋ねまわってヨアシュの子ギデオンの仕業だということが分かった。
6:30 町の人々はヨアシュに言った。「息子を出せ。息子は殺さねばならない。バアルの祭壇を壊し、傍らのアシェラ像も切り倒した。」
6:31 ヨアシュは、責めたててやまない人々皆に向かって言った。「あなたたちはバアルをかばって争うのか、バアルを救おうとでもいうのか。バアルをかばって争う者は朝とならぬうちに殺される。もしバアルが神なら、自分の祭壇が壊されたのだから、自分で争うだろう。」
6:32 ギデオンがバアルの祭壇を壊したので、「バアルが彼と争うがよい」と言って、父はその日ギデオンをエルバアル(バアルは自ら争う)と呼んだ。
時々、やたら他宗教を攻撃しようとする方がいる。
しかし、もし本当にその宗教が偽りのものであるのなら、やがてその偽りは明らかにされていくだろう。
それよりも、私たちは、自分が知っている聖書の真理が、いかに真実であり、恵みに満ちたものであるかということを伝えていくことに力を入れていくことが大切なのではないかと思う。
エルバアルとは、バアルは自ら争うという意味であると記されているが、バアルが本当に生きた力のある神ならば、バアル自身がその力を示すだろうということである。
私たちの信じている主なる神はどうか。
私のために戦ってくれるだろうか。
聖書は、私たちの最後の敵と戦って、すでに勝利を収めたということが語られている。
1コリント15:19 この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。
15:20 しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。
15:21 死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。
15:22 つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。
15:23 ただ、一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときに、キリストに属している人たち、
15:24 次いで、世の終わりが来ます。そのとき、キリストはすべての支配、すべての権威や勢力を滅ぼし、父である神に国を引き渡されます。
15:25 キリストはすべての敵を御自分の足の下に置くまで、国を支配されることになっているからです。
15:26 最後の敵として、死が滅ぼされます。
イエス・キリストは、私たちのこの世の望みのために戦われるのではなく、私には勝ち得ることのできない死との戦いに勝利され、永遠の命を約束してくださるお方なのである。