士師記2章1~5節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

士師記2:1 主の御使いが、ギルガルからボキムに上って来て言った。「わたしはあなたたちをエジプトから導き上り、あなたたちの先祖に与えると誓った土地に入らせ、こう告げた。わたしはあなたたちと交わしたわたしの契約を、決して破棄しない、
2:2 あなたたちもこの地の住民と契約を結んではならない、住民の祭壇は取り壊さなければならない、と。しかしあなたたちは、わたしの声に聞き従わなかった。なぜこのようなことをしたのか。
2:3 わたしもこう言わざるをえない。わたしは彼らを追い払って、あなたたちの前から去らせることはしない。彼らはあなたたちと隣り合わせとなり、彼らの神々はあなたたちの罠となろう。」
2:4 主の御使いがすべてのイスラエルの人々にこれらのことを告げると、民は声をあげて泣いた。
2:5 こうしてこの場所の名をボキム(泣く者)と呼び、彼らはここで主にいけにえをささげた。

主なる神様は、カナンの地へと入植したイスラエルの民が、先住民たちの拝んでいた神々を礼拝する行為をもって、彼らと契約を結んではならないと言って戒めておられます。
そもそも、主なる神様は、イスラエルをエジプトの奴隷の状態から解放し、約束の地へと招き入れて下さったお方であり、それゆえ、あなた方は私を神とするようにとの契約を結ばれたのです。
にも関わらず、約束の地へたどり着いたとたん、他の神々を礼拝するとは、約束違反であり、契約を破っていると仰せられるのです。
ここで、神様が仰せられている「契約」という言葉は、非常に興味深い表現です。つまり、真の神を信じるということは、その方と約束を交わすことであります。
この方が、一切のあらゆる祝福を私に与えて下さるということを約束され、同時に、私たちも、神様がそのように私たちを祝福して下さるということを信じて約束するわけです。
一方が契約に違反してしまうなら、この契約は無効となってしまうでしょう。
私たちは、そのような緊張感を持って神様を、神様だけを信じているのです。
今、私たちの身の回りを見渡して見て、真の神様以外のものに心を奪われ、それらから祝福が得られると期待しているならば、心を改めなければなりません。
それが本当の悔い改めであります。
そして、私たちが真の神の元に悔い改めて立ち返るならば、神の契約はいつでも有効なのです。