ヨハネ7:14 祭りも既に半ばになったころ、イエスは神殿の境内に上って行って、教え始められた。
7:15 ユダヤ人たちが驚いて、「この人は、学問をしたわけでもないのに、どうして聖書をこんなによく知っているのだろう」と言うと、
7:16 イエスは答えて言われた。「わたしの教えは、自分の教えではなく、わたしをお遣わしになった方の教えである。
7:17 この方の御心を行おうとする者は、わたしの教えが神から出たものか、わたしが勝手に話しているのか、分かるはずである。
7:18 自分勝手に話す者は、自分の栄光を求める。しかし、自分をお遣わしになった方の栄光を求める者は真実な人であり、その人には不義がない。
一件親切そうに見える業、善なる行為にも、それが人間の業である以上、その背後によこしまな動機が見え隠れするのは仕方のないことなのかもしれない。
しかし、イエス様の言動はそうではない。
イエス様の教えは、常に純粋な愛に根ざしたものであり、言動と行動は全て一致している。
イエス様は御自分をお遣わしになった方の御心に忠実であられる。
なぜなら、イエス様ご自身が神だからである。
一方、私たち人間は神ではない。
だから、私のうちに矛盾が生じてしまう。
思いと行いと、そして本当の自分自身の存在と一致することができたらと願う。
そしてそれは、主なる神様の赦しによってはじめて、一致したもの となることができる。
それが私のアイデンティティ(自己同一性)と言えるのであろう。