ヨブ25章1~6節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨブ25:1 シュア人ビルダドは答えた。
25:2 恐るべき支配の力を神は御もとにそなえ天の最も高いところに平和を打ち立てられる。
25:3 まことにその軍勢は数限りなくその光はすべての人の上に昇る。
25:4 どうして、人が神の前に正しくありえよう。どうして、女から生まれた者が清くありえよう。
25:5 月すらも神の前では輝かず星も神の目には清らかではない。
25:6 まして人間は蛆虫人の子は虫けらにすぎない。

ビルダドの言葉は、確かに真実を言い表している。
神は天の最も高いところにいまし、平和を打ち立てられるお方。
一方で、人は全て罪人で、蛆虫のような虫けらに過ぎない者。
しかし、この言葉は、苦難の中にいるヨブに対して向けられた言葉である。
健康な時でさえ傷つきそうな言葉である。ましてや、苦難の最中にあったヨブにとって、このような言葉は、まさに息の根を止めるような強烈な言葉であったに違いない。

言葉というものは、それが何を言い表しているかということも大切であるが、誰に対して、どういう状況で、どのような目的で語ろうとしているのかということは、もっと重要である。
あるジャーナリストが、国際貢献について講演していた際「必要とされていることを、必要としている人たちに、必要としているタイミングで助けて上げることが大切である」と語っていた。
言葉も同じ。
必要としている言葉を、必要としている人に、必要な時にお伝えしていけたらと思う。