ホセア10章1~15節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ホセア10:1 イスラエルは伸びほうだいのぶどうの木。実もそれに等しい。実を結ぶにつれて、祭壇を増し国が豊かになるにつれて、聖なる柱を飾り立てた。
10:2 彼らの偽る心は、今や罰せられる。主は彼らの祭壇を打ち砕き聖なる柱を倒される。
10:3 今、彼らは言う。「我々には王がいなくなった。主を畏れ敬わなかったからだ。だが王がいたとしても、何になろうか」と。
10:4 彼らは言葉を連ね偽り誓って、契約を結ぶ。裁きが生え出てもわが畑の畝に毒草が生えるようだ。

私たちの所属する教会は、北欧ノルウェーの敬虔主義の影響を受けた宣教団体によって設立された教会であるため、比較的簡素な礼拝形式を取り入れている。
そのため、礼拝自体は時間も短く、簡単なものとなりがちだが、その分、普段の生活の中にも礼拝の要素を取り入れやすい。
例えば、ちょっとした集まりの時にも、聖書の御言葉を開いて礼拝をしたり、家族礼拝などもその類と言える。
このようなスタイルに慣れている者にとっては、あまり仰々しい礼拝は、どことなく「飾り立てられた」礼拝のように思えてしまう。もちろん、そのような礼拝が悪いわけではない。ただ、礼拝の本質とは何かということを覚える時、大切なことは、私たちの救いのために十字架で死なれ、よみがえり、永遠の命に与る祝福を私たちに与えて下さった神の恵みを受け取ることにあると思う。
飾り立てることに心を奪われ、礼拝の本質が見失われないように心がけたいものだ。