ヨブ13章1~28節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨブ13:16 このわたしをこそ神は救ってくださるべきではないか。神を無視する者なら御前に出るはずはないではないか。
13:17 よく聞いてくれ、わたしの言葉を。わたしの言い分に耳を傾けてくれ。
13:18 見よ、わたしは訴えを述べる。わたしは知っている、わたしが正しいのだ。
13:19 わたしのために争ってくれる者があればもはや、わたしは黙って死んでもよい。
13:20 ただ、やめていただきたいことが二つあります御前から逃げ隠れはいたしませんから。
13:21 わたしの上から御手を遠ざけてください。御腕をもって脅かすのをやめてください。
13:22 そして、呼んでください、お答えします。わたしに語らせてください、返事をしてください。
13:23 罪と悪がどれほどわたしにあるのでしょうか。わたしの罪咎を示してください。
13:24 なぜ、あなたは御顔を隠しわたしを敵と見なされるのですか。

ヨブの訴えは、いよいよ切実さを増し、三人の友人たちとのやり取りを通り越して、主なる神様へと向かおうとしています。
しかし、その主張は、自分は正々堂々と神の御前に立ち、神に訴えているのであり、それ故に自分は正しい者であるということ、正しい者であるが故に、とにかくこの苦しみを取り除いてほしいというようなものとなっています。
しかし、このような態度は、果たして本当に正しいものなのでしょうか。
自分の信仰は、他の誰かよりも優っているとか、自分の信仰は正しいが、あの人の信仰は間違っているとか、そのような思いは、それこそ、本当に正しいものなのでしょうか。
イエス様は次のように仰せられています。

マタイ7:21 「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。
7:22 かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。
7:23 そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。『あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。』」

たいへん厳しい御言葉ですが、捉え方によっては、御言葉に聞き、従うことを大切にしていけば良いということになるでしょう。
クリスチャンらしく振舞うことと、クリスチャンとして生きることの違いを見極めながら、主の御言葉に聞き従う者でありたいと願う者です。