ヨブ10:1 わたしの魂は生きることをいとう。嘆きに身をゆだね、悩み嘆いて語ろう。
10:2 神にこう言おう。「わたしに罪があると言わないでください。なぜわたしと争われるのかを教えてください。
10:3 手ずから造られたこのわたしを虐げ退けてあなたに背く者のたくらみには光を当てられる。それでいいのでしょうか。
10:4 あなたも肉の目を持ち人間と同じ見方をなさるのですか。
10:5 人間同様に一生を送り男の一生に似た歳月を送られるのですか。
10:6 なぜわたしをとがめ立てし過ちを追及なさるのですか
10:7 わたしが背く者ではないと知りながらあなたの手からわたしを救いうる者はないと知りながら。
終にヨブは神様を呪い始めてしまいます。
しかも、それは、神様をあたかも愚かな人間同様の扱いをする侮辱の言葉に満ちています。
しかし、神がこのことをなさったのもまた事実。
神であられるお方が、我々人間同様に肉の体を持ち、男の一生に似た歳月を送られたお方こそ、人となられた主イエス様に他なりません。
神がそのように我々と同じ人となられたからこそ、神は我らの苦しみをも担われるのです。
マタイ27:46 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
イエス様のお苦しみは、ヨブ以上のものであったことでしょう。
なぜなら、イエス様は、私たちの身代わりとなり、神に見捨てられた者の受ける苦しみを味わわれたからです。
それゆえ、ヨブを含め、全ての人は、神に見捨てられてはいないのです。