コヘレト3章9~17節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

コヘレト3:9 人が労苦してみたところで何になろう。
3:10 わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。
3:11 神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。
3:12 わたしは知った人間にとって最も幸福なのは喜び楽しんで一生を送ることだ、と
3:13 人だれもが飲み食いしその労苦によって満足するのは神の賜物だ、と。
3:14 わたしは知ったすべて神の業は永遠に不変であり付け加えることも除くことも許されない、と。神は人間が神を畏れ敬うように定められた。
3:15 今あることは既にあったことこれからあることも既にあったこと。追いやられたものを、神は尋ね求められる。
3:16 太陽の下、更にわたしは見た。裁きの座に悪が、正義の座に悪があるのを。
3:17 わたしはこうつぶやいた。正義を行う人も悪人も神は裁かれる。すべての出来事、すべての行為には、定められた時がある。

伝道者の言葉には味わい深いものがある。
たとえば、この世における一切の事柄を見極めた知恵者である著者は、人間にとって最も幸福なことは喜び楽しんで一生を送ることであると語り、飲み食いし、労苦によって満足することを、神からの賜物と表現しているからである。
このような捉え方は、ただ単に、この世の快楽や欲望に振り回されて生きるような生き方とは、一線を画している。
すわなち、そこには、神の賜物への感謝があるからだ。

1テモテ4:1 しかし、“霊”は次のように明確に告げておられます。終わりの時には、惑わす霊と、悪霊どもの教えとに心を奪われ、信仰から脱落する者がいます。
4:2 このことは、偽りを語る者たちの偽善によって引き起こされるのです。彼らは自分の良心に焼き印を押されており、
4:3 結婚を禁じたり、ある種の食物を断つことを命じたりします。しかし、この食物は、信仰を持ち、真理を認識した人たちが感謝して食べるようにと、神がお造りになったものです。
4:4 というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです。
4:5 神の言葉と祈りとによって聖なるものとされるのです。

私たち人間の生活の営みは、神様から与えられたものとして感謝して受け留めるとき、それは素晴らしいものとなる。
本来、私たちの生活というものは、そういうものである。
一つ一つの出来事を、神様からの賜物として喜び、感謝する心を大切にしながら歩んでいきたいものだ。