申命記23章16~26節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記23:16 主人のもとを逃れてあなたのもとに来た奴隷を、その主人に引き渡してはならない。
23:17 あなたの間に、すなわちあなたのどこかの町の彼が選ぶ場所に、望むがままにあなたと共に住まわせなさい。彼を虐げてはならない。
23:18 イスラエルの女子は一人も神殿娼婦になってはならない。また、イスラエルの男子は一人も神殿男娼になってはならない。
23:19 いかなる誓願のためであっても、遊女のもうけや犬の稼ぎをあなたの神、主の宮に携えてはならない。いずれもあなたの神、主のいとわれるものだからである。
23:20 同胞には利子を付けて貸してはならない。銀の利子も、食物の利子も、その他利子が付くいかなるものの利子も付けてはならない。
23:21 外国人には利子を付けて貸してもよいが、同胞には利子を付けて貸してはならない。それは、あなたが入って得る土地で、あなたの神、主があなたの手の働きすべてに祝福を与えられるためである。
23:22 あなたの神、主に誓願を立てる場合は、遅らせることなく、それを果たしなさい。あなたの神、主は必ずそれをあなたに求め、あなたの罪とされるからである。
23:23 誓願を中止した場合は、罪を負わない。
23:24 唇に出したことはそれを守り、口で約束した誓願は、あなたの神、主に誓願したとおりに実行しなさい。
23:25 隣人のぶどう畑に入るときは、思う存分満足するまでぶどうを食べてもよいが、籠に入れてはならない。
23:26 隣人の麦畑に入るときは、手で穂を摘んでもよいが、その麦畑で鎌を使ってはならない。

イスラエルの民が、主なる神様にあって召された者たちの集団であるということは、その召して下さった方の御心に従って生きるべきであることが求められているといえよう。
それらの戒めの多くは、旧約聖書における律法の言葉を通して語られているのであるが、細かい規定のように見えて、実際には、主イエス様がおおせられたように「神を愛し、隣人を愛せよ」との戒めに集約することができる。

マルコ12:29 イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。
12:30 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
12:31 第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」

しかし、ここで覚えておきたいことは、愛とは、何でもその人の言うことを聞いてあげることではなく、その人にとって、本当に幸いなことが何であるかを知り、そのことを願ってあげることであると言える。
そう思うとき、その人が救われるようになることが最善であると言えるし、そうなるように祈ることが真の愛の業であるように思う。