申命記20:1 あなたが敵に向かって出陣するとき、馬と戦車、また味方より多数の軍勢を見ても恐れてはならない。あなたをエジプトの国から導き上られたあなたの神、主が共におられるからである。
20:2 いよいよ戦いの場に臨んだならば、祭司は進み出て、民に告げ、
20:3 次のように言わねばならない。「イスラエルよ、聞け。あなたたちは、今日、敵との戦いに臨む。心ひるむな。恐れるな。慌てるな。彼らの前にうろたえるな。
20:4 あなたたちの神、主が共に進み、敵と戦って勝利を賜るからである。」
20:5 役人たちは民に勧めなさい。「新しい家を建てて、まだ奉献式を済ませていない者はいないか。その人は家に帰りなさい。万一、戦死して、ほかの者が奉献式をするようなことにならないように。
20:6 ぶどう畑を作り、まだ最初の収穫をしていない者はいないか。その人は家に帰りなさい。万一、戦死して、ほかの者が最初の収穫をするようなことにならないように。
20:7 婚約しただけで、まだ結婚していない者はいないか。その人は家に帰りなさい。万一、戦死して、ほかの者が彼女と結婚するようなことにならないように。」
20:8 役人たちは更に民に勧めて言いなさい。「恐れて心ひるんでいる者はいないか。その人は家に帰りなさい。彼の心と同じように同胞の心が挫けるといけないから。」
ある日の夕方、小学生の息子が泣きながら算数の宿題をしているのに気がつきました。問題が難しくて分からなくて泣いているのかと思いきや、終わったらテレビを見る約束になっていたらしく、早く終わらせようと急ぐあまり、答えがわからなくなっていたのでした。
私は、ちょっとかわいそうかなあと思ったのですが、今日はもうテレビは見ないことにして、宿題に集中するようにさとし、子どもと一緒に問題を考えてあげました。
宿題を早く終わらせてテレビを見ようと考えている間は、心が分断されていて、いつまでたっても正しい答えを見つけることはできません。
申命記に書かれている事柄もこれと似ていて、心惹かれること、思い残したこと、気がかりなことが残ったままでは、戦いに出ても、心が定まらず、かえって命を落としてしまうことにもなりかねません。しかし、気がかりなことを済ませ、戦いに集中する時、きっと良い結果をもたらすことになるのでしょう。
マタイ6:24 「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」
神を愛し、神に仕えようと思うとき、心が定まらないような仕方で仕えようとすると、良い結果をもたらすことはできないのかもしれません。良い結果を期待するなら、心を決めて、ただ一筋に主イエス様にお仕えしていくことが重要なのでしょう。私自身、そのような歩みができますよう願うものです。