申命記18:15 あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者を立てられる。あなたたちは彼に聞き従わねばならない。
18:16 このことはすべて、あなたがホレブで、集会の日に、「二度とわたしの神、主の声を聞き、この大いなる火を見て、死ぬことのないようにしてください」とあなたの神、主に求めたことによっている。
18:17 主はそのときわたしに言われた。「彼らの言うことはもっともである。
18:18 わたしは彼らのために、同胞の中からあなたのような預言者を立ててその口にわたしの言葉を授ける。彼はわたしが命じることをすべて彼らに告げるであろう。
18:19 彼がわたしの名によってわたしの言葉を語るのに、聞き従わない者があるならば、わたしはその責任を追及する。
18:20 ただし、その預言者がわたしの命じていないことを、勝手にわたしの名によって語り、あるいは、他の神々の名によって語るならば、その預言者は死なねばならない。」
18:21 あなたは心の中で、「どうして我々は、その言葉が主の語られた言葉ではないということを知りうるだろうか」と言うであろう。
18:22 その預言者が主の御名によって語っても、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない。預言者が勝手に語ったのであるから、恐れることはない。
ここには、イスラエルの民を救いに導くモーセのような預言者が起されるという預言が語られています。
その理由は、かつて主なる神様がイスラエルの民に直接語りかけられたとき、神の御声を直接聞いたにも関わらず、民らが死ぬことはなかったため、今後も滅びを免れるために神の御言葉に聞き従いますと約束したことにより、神ご自身が直接現れなくとも、御言葉を語る預言者を送り、その預言者の語る御言葉を神の言葉として受け入れるようにするためでありました。
つまり、神が私たちを滅ぼすことはない、真実な救いの神であられることが確かであり、あとは、そのお方の御言葉を語り告ぐ預言者が、真実の神様から遣わされたものであるかどうかが重要であり、その預言者の語った言葉が実現するかどうかで判断するように説かれています。
真実な神様の御言葉を語り告ぐ預言者も、また真実でなければならない。
当然のことでしょうけれども、実は、これがなかなか難しいのです。
なぜなら、人間には罪があり、偽りがあるからです。
だからこそ、この預言の言葉は、究極にはイエス様においてのみ実現した預言であると言えるのかもしれません。
ヨハネ14:6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。
私たちを救うという、真実な神の御心を実現し、その救いの約束の言葉を真実なものとしてくださった主イエス様こそ、真実な預言者、真の救い主なるお方。
このお方の御言葉に聞き従います。