ルカ22:1 さて、過越祭と言われている除酵祭が近づいていた。
22:2 祭司長たちや律法学者たちは、イエスを殺すにはどうしたらよいかと考えていた。彼らは民衆を恐れていたのである。
22:3 しかし、十二人の中の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った。
22:4 ユダは祭司長たちや神殿守衛長たちのもとに行き、どのようにしてイエスを引き渡そうかと相談をもちかけた。
22:5 彼らは喜び、ユダに金を与えることに決めた。
22:6 ユダは承諾して、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。
一時期、「ユダの福音書」なるものの写本が発見されたとかで、ちょっとした騒ぎになったことがある。内容については、主イエスを裏切ったユダが他の弟子達よりも優れた者となるかのような記述が記されてあったそうです。
確かにユダは、主イエス様を十字架にかけようとする働きの手引きをした人物であるため、神の救いのご計画を実現するために行動したと言えなくもないかもしれない。しかし、その心は裏切りと強欲、自己中心と自己保身そのものであったのです。
ある人が「私は弱いから、すぐサタンに誘惑されてしまう」と言っていたことを思い出します。必ずしも間違いではないののでしょうが、あたかも罪の原因がサタンのせいであるかのように捉えていることが気がかりです。
確かに誘惑するのはサタンの仕業。
しかし、その誘惑に負けて罪を犯すのは人間であり、罪の責任は、人間の側にあるのです。だから、イエス様は「悔い改めよ」と私たち人間に命じられるのでしょう。
(サタンには「退け」といった具合)
1ペテロ5:8 身を慎んで目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。
5:9 信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。あなたがたと信仰を同じくする兄弟たちも、この世で同じ苦しみに遭っているのです。それはあなたがたも知っているとおりです。
悪魔はいつでも私たちの身の回りをうろつきながら、罪を犯させようと機会を狙い続けています。そして、イエス様から引き離そうとするのです。
罪(イエス様から引き離されること)を犯してはなりません。
なぜなら、それによって滅びへと進んでいってしまうからです。
イエス様を信じる信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔の誘惑に対抗できますように。