申命記14:3 すべていとうべきものは食べてはならない。
14:4 食べてよい動物は次のとおりである。牛、羊、山羊、
14:5 雄鹿、かもしか、子鹿、野山羊、羚羊、大かもしか、ガゼル。
14:6 その他ひづめが分かれ、完全に二つに割れており、しかも反すうする動物は食べることができる。
14:7 ただし、反すうするだけか、あるいは、ひづめが分かれただけの動物は食べてはならない。らくだ、野兎、岩狸。これらは反すうするが、ひづめが分かれていないから汚れたものである。
14:8 いのしし。これはひづめが分かれているが、反すうしないから汚れたものである。これらの動物の肉を食べてはならない。死骸に触れてはならない。
14:9 水中の魚類のうち、ひれ、うろこのあるものはすべて食べてよい。
14:10 しかしひれやうろこのないものは、一切食べてはならない。それは汚れたものである。
14:11 清い鳥はすべて食べてよい。
14:12 しかし、次の鳥は食べてはならない。禿鷲、ひげ鷲、黒禿鷲、
14:13 赤鳶、隼、鳶の類、
14:14 烏の類、
14:15 鷲みみずく、小みみずく、虎ふずく、鷹の類、
14:16 森ふくろう、大このはずく、小きんめふくろう、
14:17 このはずく、みさご、魚みみずく、
14:18 こうのとり、青鷺の類、やつがしら鳥、こうもり。
14:19 羽のある昆虫はすべて汚れたものであり、食べてはならない。
14:20 清い鳥はすべて食べてよい。
14:21 死んだ動物は一切食べてはならない。町の中にいる寄留者に与えて食べさせるか、外国人に売りなさい。あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたは子山羊をその母の乳で煮てはならない。
本日の箇所は、聖書において最も難解な箇所のうちの一つかもしれません。
なぜ、これらの動物を食べてはならないのか。
今のところ理由は「神様が禁じられたから」といしか言いようがありません。
もちろん、2002年頃に問題になったSARS(重症急性呼吸器症候群)は、コロナウイルスを媒介するタヌキの仲間ハクビシンと接触したことが原因と考えられていたり、やはり、野生の動物を食用として捕獲する場合、ある程度注意しなければならないこともあるでしょう。
もちろん、それらの野生動物についても、地域が違えば、また状況も異なってくるでしょうし、全ての国で、同じようにこれらの動物が非衛生的であるといえない場合もあるでしょう。
大切なことは、これらの記述の第一義的な目的が「神の戒めを守る」というところにあるものであるということを覚えることでしょう。
神様との契約に結ばれたものは、神様が命じられた戒めにも従っていくべきであるということなのでしょう。
もちろん、今の時代、これらの動物を一切食べてはならないといった戒めは有効ではなくなっていると思います。
使徒10:9 翌日、この三人が旅をしてヤッファの町に近づいたころ、ペトロは祈るため屋上に上がった。昼の十二時ごろである。
10:10 彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。人々が食事の準備をしているうちに、ペトロは我を忘れたようになり、
10:11 天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、地上に下りて来るのを見た。
10:12 その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていた。
10:13 そして、「ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい」と言う声がした。
10:14 しかし、ペトロは言った。「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません。」
10:15 すると、また声が聞こえてきた。「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」
10:16 こういうことが三度あり、その入れ物は急に天に引き上げられた。
今は新しい契約(新約)の時代。
それは、私たちが何かを守れば祝福されるというものではなく、神が全ての清めを成し遂げてくださったゆえに救われるものであり、成すべきことは「神を愛し、隣人を愛する」こと。
何を食べるかではなく、もっと大切なところに目を向けて歩むべき時代なのでしょう。
ローマ14:14 それ自体で汚れたものは何もないと、わたしは主イエスによって知り、そして確信しています。汚れたものだと思うならば、それは、その人にだけ汚れたものです。
14:15 あなたの食べ物について兄弟が心を痛めるならば、あなたはもはや愛に従って歩んでいません。食べ物のことで兄弟を滅ぼしてはなりません。キリストはその兄弟のために死んでくださったのです。
14:16 ですから、あなたがたにとって善いことがそしりの種にならないようにしなさい。
14:17 神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。