申命記8章11~20節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記8:11 わたしが今日命じる戒めと法と掟を守らず、あなたの神、主を忘れることのないように、注意しなさい。
8:12 あなたが食べて満足し、立派な家を建てて住み、
8:13 牛や羊が殖え、銀や金が増し、財産が豊かになって、
8:14 心おごり、あなたの神、主を忘れることのないようにしなさい。主はあなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出し、
8:15 炎の蛇とさそりのいる、水のない渇いた、広くて恐ろしい荒れ野を行かせ、硬い岩から水を湧き出させ、
8:16 あなたの先祖が味わったことのないマナを荒れ野で食べさせてくださった。それは、あなたを苦しめて試し、ついには幸福にするためであった。
8:17 あなたは、「自分の力と手の働きで、この富を築いた」などと考えてはならない。
8:18 むしろ、あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力をあなたに与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにしてくださったのである。
8:19 もしあなたが、あなたの神、主を忘れて他の神々に従い、それに仕えて、ひれ伏すようなことがあれば、わたしは、今日、あなたたちに証言する。あなたたちは必ず滅びる。
8:20 主があなたたちの前から滅ぼされた国々と同じように、あなたたちも、あなたたちの神、主の御声に聞き従わないがゆえに、滅び去る。

主なる神様は、何度も何度も、ご自分が定めた戒めと法と掟を守り、唯一の神である主を忘れることのないように命じられています。
しかも、主なる神様が命じられた戒めというのも、十戒に代表されるように「主は、あなたがたをエジプトの奴隷の民から救い出した神」であること、そして、それ故、「あなたがたは、私のほかに、他の神々があってはならない」というものであり、本日の日課の箇所にも繰り返し語られている事柄であると言えます。
なぜそれほどにこの事が重要なのでしょう。
実は、私たち人間が、主なる神様以外のものを神として崇めようとすることが、そのまま滅びに通じるものであることを主なる神様はご存知だからなのです。
ある者は、他の神々に心引かれ、それらの神々のとりことなり、真の命の約束から遠ざかっていくことになります。
しかし、他の神々というのは、実は、実体のないもの、人間が勝手に作り出したものであり、言い換えるならば、人間が自分の都合で生み出した神々、それは、人間の欲望そのものを映し出す鏡であると言えるかもしれません。
17節に、
あなたは、「自分の力と手の働きで、この富を築いた」などと考えてはならない。
と記されていますが、実に、このような思い上がった考え、おごった思いこそが、真の偶像礼拝であり、自分自身を「神」としていることの証であると言えるのでしょう。
人間、誰もが誇りをもって生きることは大切です。しかし、その根拠となるところが、自分の力や思いに頼るのなら、これほど危険なものはありません。
しかし、全ての根拠を神に置くとき、私たちが生まれたことも、今生きていることも、働くことができるのも、全て、主なる神様のお守り導きと祝福の故であることを思うとき、全てが祝福されたものとなるのではないでしょうか。
そのように捉えることが「わたしが今日命じる戒めと法と掟を守らず、あなたの神、主を忘れることのないように、注意しなさい。」との戒めに通じることではないかと思います。
「悔い改め」とは、そういうことなのでしょう。

全てのことを主に感謝し、主に栄光をあらわしていくことができますように。