詩篇88篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇88:4 わたしの魂は苦難を味わい尽くし 命は陰府にのぞんでいます。
88:5 穴に下る者のうちに数えられ 力を失った者とされ
88:6 汚れた者と見なされ 死人のうちに放たれて 墓に横たわる者となりました。あなたはこのような者に心を留められません。彼らは御手から切り離されています。
88:7 あなたは地の底の穴にわたしを置かれます 影に閉ざされた所、暗闇の地に。
88:8 あなたの憤りがわたしを押さえつけ あなたの起こす波がわたしを苦しめます。
88:9 あなたはわたしから 親しい者を遠ざけられました。彼らにとってわたしは忌むべき者となりました。わたしは閉じ込められて、出られません。
88:10 苦悩に目は衰え 来る日も来る日も、主よ、あなたを呼び あなたに向かって手を広げています。
88:11 あなたが死者に対して驚くべき御業をなさったり 死霊が起き上がって あなたに 感謝したりすることがあるでしょうか。
88:12 墓の中であなたの慈しみが 滅びの国であなたのまことが 語られたりするでしょうか。
88:13 闇の中で驚くべき御業が 忘却の地で恵みの御業が 告げ知らされたりするでしょうか。
88:14 主よ、わたしはあなたに叫びます。朝ごとに祈りは御前に向かいます。

信頼していた「友」に裏切られた時、あるいは、一緒に働いてきた仕事仲間たちによってつまはじきにされ、一人、寂しい所に追いやられてしまった時、誰もがそういう経験をお持ちではないでしょうか。
多くの場合、強い者が、自分の都合を優先させ、弱い者が犠牲となって追いやられていくものと思われます。
そんな時「なぜ神様は私を助けてくれないのか」とつぶやきたくなるものです。
しかし、この詩篇の作者は、祈りをあきらめてはいません。
もはや、どんな可能性もありえない状況の中に陥れられてしまっていても、だからこそ、彼は不可能を可能とすることのできる唯一のお方、全能の主なる神様を呼び求めていらっしゃるのでしょう。
「不可能を可能にする」と言うと誤解があるかもしれませんが、「神様は何でもできるお方」というよりも、「神様は、私にはできないことを成し遂げて下さるお方」であるということを覚えたいものです。
私が赦されること、私が贖われること、私が救われて永遠の命を頂くこと。
そして、喜んで生きること。
全ては、主なる神様ご自身がご自分の一人子なるイエス・キリストの命をお与えになるほどに私を愛してくださった故。
だから、私も朝ごとに祈ります。