ヨハネ2章13~22節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨハネ2:13 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。
2:14 そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。
2:15 イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、
2:16 鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」
2:17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。

巷では、ハロウィーン、ハロウィーンと大賑わいのようですが、今日10月31日は、誰が何と言おうと「宗教改革記念日」です。
ルターが宗教改革を行った当時、多くの民衆は、先祖達が煉獄(炎の獄の意味)で苦しんでいると信じ、そこから彼らを助けたいがために、必死の思いで免罪符を買い求めていました。それに対して、キリストの十字架の贖いだけが人間を救いうる唯一の手段であることを訴えたルターは、これに断固反対、宗教改革ののろしをあげ、やがて、聖書の本当の恵みを知らされていなかった一般の民衆にも、わかりやすい母国語での礼拝や聖書翻訳が行われていき、聖書に記された救いの約束は、一般の人々のものとして受け止められるようになっていったのです。
そして、全てのクリスチャンたちを覚える日(全聖徒日)である11月1日の前日、「95か条の提題」という文書を発表、商売目的のために悪用されていた救いの教えから、一般の民衆を解放し、真実な救いの約束と平安とをもたらせることになっていったのです。
もちろん、ハロウィーンも宗教改革と全く関係ないというわけではありません。先に召されたご先祖様が帰ってくるという考えは、日本で言うお盆やお彼岸に相当するものと言えるでしょうが、実際のところ、そういう思想は聖書的ではありません。
さらに、そんな異国の風習を、むりやり日本でお祝いしようというのも全くナンセンスな話しに思えます。
おそらく、現代の日本で広まっているハロウィーンは、英会話教室などで紹介されたり、お菓子やグッズを販売するために、大々的に紹介されたりしているだけで、そう考えると、商業利用のにおいがプンプンしています。
まさにイエス様が仰せられたような「わたしの父の家を商売の家としてはならない。」という言葉に通じるものがあると言えるでしょう。
西欧の文化であるハロウィーンを紹介すること自体は悪いことではないと思いますが、一体何のためにお祝いするのか、せめて、その意味と背後にある人間の心のうちにある本質的な願いに目を留めて欲しいと思うのです。
誰もが死後の世界について、一度は思いをめぐらした事のある人はあるでしょう。あるいは、先に召された人が、今、どういう状態にあるのかなど、多くの方が悩まれる事柄だろうと思います。
そんな時こそ、全ての人のために十字架で死なれ、よみがえられた主イエス様の救いの約束に目を留め、イエス・キリストを信じる全ての人をよみがえらせてくださるという聖書の御言葉に信頼し、本当の喜びと平安の中で、救い主イエス・キリストによる救いの約束をお祝いして欲しいと思う者です。