詩篇75篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇75:1 【指揮者によって。「滅ぼさないでください」に合わせて。賛歌。アサフの詩。歌。】
75:2 あなたに感謝をささげます。神よ、あなたに感謝をささげます。御名はわたしたちの近くにいまし 人々は驚くべき御業を物語ります。
75:3 「わたしは必ず時を選び、公平な裁きを行う。
75:4 地はそこに住むすべてのものと共に 溶け去ろうとしている。しかし、わたしは自ら地の柱を固める。
75:5 わたしは驕る者たちに、驕るなと言おう。逆らう者に言おう、角をそびやかすなと。
75:6 お前たちの角を高くそびやかすな。胸を張って断言するな。」
75:7 そうです、人を高く上げるものは 東からも西からも、荒れ野からも来ません。
75:8 神が必ず裁きを行い ある者を低く、ある者を高くなさるでしょう。
75:9 すでに杯は主の御手にあり 調合された酒が泡立っています。主はこれを注がれます。この地の逆らう者は皆、それを飲み おりまで飲み干すでしょう。
75:10 わたしはとこしえにこのことを語り継ぎ ヤコブの神にほめ歌をささげます。
75:11 「わたしは逆らう者の角をことごとく折り 従う者の角を高く上げる。」

昨日の教会学校の聖書のテキストは、出エジプト記5~10章に記されている、エジプトにもたらされた災いとイスラエル解放の出来事でした。
自らを神とし、イスラエルの民を奴隷として虐げるファラオ。
一方、神の召しにより、数々の災いをもたらしてイスラエルを解放しようとするモーセ。
しかし、このような出来事の中にあって、歴史を動かし、正しい裁きを成し遂げておられるのが、モーセに対して「私は主である」と仰せられて自らを現された主なる神様であり、イスラエルの解放は、モーセによって成し遂げられたのでもなく、ましてや、ファラオが決めたことでもなく、この「主」なる神様のなさった奇しい御業、驚くべき御業なのです。

私たちも、自分がいかにして救われたのかということを思う時、そこに、同じ「主」なる神様の奇しい御業が働いていたということを覚えたいものです。

わたしはとこしえにこのことを語り継ぎ、ヤコブの神にほめ歌をささげます。
ハレルヤ。